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antihoney 「Secrets」

はじめに

昨年、十数年の沈黙を破って活動を再開したantihoney。昨年は「Demo Compilation」と「Dendrite」という2枚のアルバムを発表し、他にも単発でカバー曲などをリリースしてきた。そのantihoneyが2020年10月、ニューアルバム「Secrets」をリリースした。

「Demo Compilation」と「Dendrite」はほぼ以前から発表されていた曲やそのアレンジだった。antihoneyの音楽をずっと聞いてきた者たちにとっては、本人の手でアルバムがリリースされたとういうだけも衝撃的だったし、聞き慣れた曲が取りまとめられて形を持ったことに感動したが、一方で「新しい曲を聞きたい」という欲求も高まっていた。「Secrets Hide Away」や「Call Me」など、散発的に新曲も披露されていたが、今回アルバムとして新曲や未発表曲の詰まった「Secrets」が世に放たれた。

「Secrets」というちょっと意味深なタイトル。下半分の女性の頭部と雲間に浮かぶ鍵というシュールなジャケット。antihoneyの神秘性を象徴したような一枚だ。ただジャケットについては、いままで氷の結晶や窓など、無機物をイメージとしてきた彼女が、人間をモチーフにしたのは少々意外だった。半分だけ秘密の奥の人間味を見せるということだろうか。

今回のアルバムの収録曲は1990年代antihoneyになる前の曲から、今年できた新曲まで、新旧織り交ぜ様々。「Secrets」というタイトルにも、いままでお蔵入りさせていた秘密の作品を披露する、という意味合いも込められているらしい。ただし古い曲も当時のままではなく、このアルバム用に新たな歌詞やアレンジでリメイクされ、歌い直されたものとなっている。懐かしさと新しさを併せ持つ、そんなアルバムになっている。

1. Secrets Hide Away

1曲目はantihoneyの再起動の狼煙ともなったこの曲。「Demo Compilation」リリース後に、突然発表された新曲だった。十何年ぶりに作る曲で、本人もまだ曲が作れるかどうかわからないという状況で手がけられたとのことだが、しっかりantihoneyであり、彼女の才能やセンスが間違いなく生きていることを証明した。テンポの早い曲調、散りばめられた様々な"奇妙な"サンプリング音、ボーカルフライ(エッジボイス)の効いたantihoneyその人の歌声。彼女にしか出せない「曲」と「歌」と「アレンジ」が一体化し、この曲はどうしようもなくantihoneyだった。
アルバムタイトルの「Secrets」はこの曲のタイトルからも来ているという。復帰後初の新曲ということで、彼女にとっても大切な一曲なのだろう。

2. Play Doll

一転してしっとりとしたジャジーな曲。これまでのantihoneyにはない大人っぽさと、かつてのantihoneyらしい幼さが融合したような不思議な艶のある歌声になっていて、新たなantihoneyが垣間見える。ボイストレーニングでジャズを歌っているということで、ジャズテイストのこの曲が入ったのかもしれない。曲調も歌も意外だったので最近の曲かと思ったが、以前にお蔵入りにしていた曲を掘り出してきたものとのこと。以前からこういう曲も作っていたということも意外。

3. Noise

とても個性的な曲調と歌詞の曲。これもお蔵入りからの発掘品だそうだが、こんな"面白い"曲をお蔵入りさせていたとはもったいない。歌詞に深い意味はなく、語呂や語感やリズムで選んだようだ。特に「Silence」という歌詞の部分は独特で、このフレーズ歌いたかったからこんな歌詞になったとの話もある。その「Silence」の部分をはじめ、全体的に独特な音や声が重なりあっていて、聞いているととても耳に心地よく、癖になる。antihoneyの遊び心がふんだんに盛り込まれた曲。

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4. Sunday

ピコピコ音の、なんだかとっても懐かしいテイストの曲。元曲はantihoney以前に作ったもので、歌詞は日本語だった。それを英語歌詞にアレンジしている。音や曲調はあえて昔の雰囲気を生かしているとのこと。90年代テクノポップスとか、そんなテイストを感じる。

5. Constant Flow

同じ名前の曲が「Demo Compilation」にもあるが、同じ曲である。しかし一聴した限りではまったく違う曲に聞こえる。以前に発表されたものは逆再生されたもので、こちらはその順再生版。いや、逆再生版の逆再生かもしれない。
この曲はantihoneyと名乗り曲を作り始めた最初期のものだそうで、彼女の原点とも言える曲。それを面白いからとリバースにしたらしいのだが、それがずっと流れていたのだ。しかしこの元曲はしっとりと、しかしずっしりと耳に突き刺さって、驚くほどの名曲。たしかに音で遊ぶのはantihoneyらしさではあるけれど、なぜこの曲をリバースにしたのか、もったいない!と突っ込みを入れたくなる。

6. Fools In April

幻の名曲その1。元曲は、公式に発表されてはいないが密かに伝え聞かれてきた伝説の日本語曲。antihoneyプロジェクトがはじまる以前に作ったというこの曲だが、既にいたるところにantihoneyの片鱗を伺わせる。ただ今のantihoneyと違うのは、男女の切ない関係を思わせる歌詞だったということ。antihoney以前は外を向いて曲を作っていたが、antihoneyになってからは自身の内面を曲にするようになったので、ラブソングのような曲はあまり作らなくなったという。しかし日本語版の元の歌詞も、最後には不穏なワードが出てくるあたりは一筋縄ではいかない、さすがantihoneyといったところ。

今回、antihoneyとして歌うために歌詞は英語化されたが、元曲の雰囲気を元に歌詞を作ったとのことで、元曲のテイストは残っている。日本語歌詞も良かったが、英語の歌詞もまたよい。ちなみにこの曲はアレンジでギターがギュンギュンになっているので、ヘッドホン大音量の人はちょっと注意。

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7. Something Left Here

幻の名曲その2。これも元はantihoney以前に作られた未公開の日本語曲。こちらも新しく英語歌詞でアレンジされている。「神様」ではじまる元曲の歌詞のインパクトも強かったが、英語版も韻を踏んだ耳に心地のよい言葉選びがされていて、これもまた素晴らしい。明言はされていないが、「Fools In April」と対を成す曲のようで、曲順も隣同士、歌詞にTear、Cryなど共通の言葉も多く使われている。

ちなみに日本語版は、原盤は種々の理由により非公開となっているが、復帰後のantihoneyのネットライブでは何度か歌われている。antihoneyのイメージがあるため英語化されているとのことだが、日本語版も素晴らしいのでいつかまた正式にリリースされたらいいなあ、と思っている。

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8. Call Me

ちょっとダークな雰囲気の曲。歌詞も不穏だ。トーンを抑えたボーカルに、ピアノメインのシンプルな音。どことなくホラーかサスペンスの雰囲気を漂わせる。実はこの曲には、曲が生まれたある裏話がある。それを聞くと曲のイメージが180度変わってしまう。ここではあえて書かないが、どういう経緯があるのか想像しながら聞いてみて欲しい。

9. Single Wing

こちらもピアノベースのスローな曲だが、「Call Me」とうってかわって穏やかな曲。「Call Me」が「漆黒」なら、こちらの印象は「純白」。空から降り注ぐ雲間の光をそのまま歌にしたような賛美歌のような歌声は、今までにはあまりなかった新しいantihoneyを感じさせくれる。高揚感のあるボーカルが重なり、とても気持ちいい。特に後半の高音部分の透明度は半端ない。しかしこんな美しい曲なのに、タイトルは「片翼」、歌詞も意味深だ。

10. Ebben

イタリアの歌劇の曲のカバー曲。アレンジも良いし、ピアノの音とエレクトロニカな音の融合も心地よい。ちょっとずつ音程の変わるピアノの繰り返しは、「Stars On My Windows」を思い起こさせる。シンプルなのに耳を奪うこういう仕掛けもまた楽しい。
そしてなにより、歌の透明感が凄まじい。突き抜けるような強さを秘めた透明感。またイタリア語で歌うのは初。
壮大さや安定感とともに、この先にも続く何かを予感させる余韻も感じる。まさにラストにふさわしい曲。

総評

まず今作は、以前にもクラシック調の曲やギターを使った曲などもあったが、今回は曲も歌い方も、さらにバラエティに富んでいると感じた。生楽器が強い曲もあれば、ピアノメインのしっとりとした曲、ジャジーな曲、打ち込み感の強い曲もある。お得意のウィスパーボイスな歌もあれば、賛美歌のような透明に伸びる歌、エッジの効いた声ザラリとした歌などなど、いろいろな面が聞けて楽しい。

また今回は、以前よりも「歌」の存在感が強くなっているように感じた。前作、前前作は「歌」も音の一部として曲に溶け込むようなものが多かったが、今作では歌が歌としてしっかりと聞こえてくる。ネットライブなどで歌うことで、「歌」によって聴く人と繋がる機会が多かったことが、そのような変化として表れたのかもしれない。

とにもかくにも、こうして活動の結果として、伝説か幻とさえ思われていたantihoneyの新しい曲を聞かせてもらえるというのはとてもありがたい。これからもマイペースでも、また新しい曲をぜひぜひ聞かせて欲しいと願う。

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