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AIが作る音楽か、人間が作る音楽か/逸木裕「電気じかけのクジラは歌う」

これらの多くは、人工知能の作った曲だろうが、人工知能が単独で作ったわけではない。どれも普遍的な人間の意識を学習した上に、カイバを貼った人の内面を反映して作られた曲だ。ならば、それを作っているのは人間なのか。人工知能なのか。


「電気じかけのクジラは歌う」は、逸木裕さんによる近未来が舞台の小説です。逸木裕さんは、「虹を待つ彼女」で横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビューしました。

本作は、近未来の日本が舞台の小説です。人工知能(AI)が個人の好みに合わせて音楽を作るアプリ「Jing」が普及し、作曲家という職業がすっかり廃れてしまった世界。かつて音楽を作っていた主人公の岡部も、今は音楽を作ることを辞め、「Jing」の検査員をして暮らしています。そんなある日、数少ない現役の作曲家であり、岡部の親友でもあった名塚が、自殺をしたという知らせが入ります。しかし、それは全く名塚らしくないものでした。
創作すること、芸術の意味を改めて問い直す近未来ミステリーです。

この本はこんな人におすすめ

①人工知能(AI)がテーマの物語を読みたい
②音楽が好き
③着地点を予想できないミステリーが好き

それでは、この作品の魅力を紹介していきたいと思います、ぴょん!

*人工知能×音楽がテーマの物語

最近、いたるところでAI、人工知能という言葉を聞きます。将来的に、様々な職業が人工知能によってまかなわれ、人間が就く仕事は限られていくのではないか、とまで言われています。

本作は、「芸術分野において人工知能が活躍することはないのでは?」という概念を払拭する物語です。作中に出てくる「Jing」は、好きな曲を読み込ませることで、AIがそれらの共通項を見出だして、より好みに近い曲を作ってくれるアプリです。好きな曲を探し、見つけ出すという時代は終わり、好きな曲を自動的に、大量に作り出してそれを聴くことができるようになります。当然、作曲家の仕事はなくなっていき、AIが作れないような音楽を作る天才だけが音楽業界に生き残ります。

私は、この小説を、30年~40年後の未来が舞台だと推定して読みました。もし実際にこんな時代になったら、どうなるのだろう、自分はどうするだろう、と考えながら読み進められ、とても濃い読書体験ができます。

*展開が予想できない近未来ミステリー

本作は、主人公の岡部が、親友の作曲家・名塚の自殺の真相を解き明かしていくミステリーになっています。また、調査をしていく中で岡部の心に創作への未練がふくらんでいく様子が、非常にリアルで読みごたえがありました。逸木裕さんの文章は、心理描写が丁寧なうえ読みやすく、登場人物の心情の移り変わりが手に取るように分かります。会話のテンポもリアルで、世界観に入り込みやすいです。

二転三転する展開にも注目です。名塚の死の真相に近付く中で、作中に出てくる、音楽とは、創作とは、何なのか、「新しい音楽」とは何か、などの問いのヒントも散らばっています。是非、自分なりの答えを探してみて下さい。

余談ですが、こうさぎはこの物語から、ヨルシカの「だから僕は音楽を辞めた」という曲を連想しました。


満たされない頭の奥の化け物みたいな劣等感 

僕だって信念があった

売れることこそがどうでもよかったんだ

など、作中の“あの人”に当てはまるような歌詞がたくさんあります。

最近は、YouTubeなどで無料で音楽が聴けるようになりました。また、楽曲を発表するハードルが下がり、より良い曲を大量に、しかも気軽に聴くことができます。その中で私は、「音楽との偶然の出会い」を大切にしたいと考えています。表題曲が好きで買ったCDのカップリングであったり、YouTubeで偶然おすすめに出てきた曲であったり。そういったものとの出会いがあることが、「今」の時代の良いところではないでしょうか。


あなたは、本作の「Jing」のようなアプリがある世界に憧れますか? それとも、「今」の音楽の在り方が良いと思うでしょうか?
本作を読んで、是非考えてみて下さい、ぴょん!


(2021年6月19日にはてなブログで公開した記事を、一部加筆修正しました。)

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