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「替え歌」ネタの配信の是非

昨日大宮ラクーンよしもと劇場で開催されていた「すゑひろがりず並びに~ロングロング編~」を配信で見てたのですが。

すゑひろがりずさんのネタの中で「キユーピー3分クッキングのテーマを歌うのは著作権的にどうなのか?」と言い出し、スタッフのカンペが「グレー」と出た瞬間に大笑いとなったわけでございます。グレーってなんじゃグレーって。
すゑひろがりずのネタ、割と歌ネタ多いんですよね…漫才でもコントでも。で、歌ネタ(特に替え歌ネタ)は配信がある公演ではNGという劇場側のルールがあるため芸人さんたちも気にしてるわけですが、そもそもなんでNGかというと「著作物に関する権利類(以後「知的財産権」とします)」と「手続き」が割とややこしいから。

では、「3分クッキング」のネタのうちテーマを歌うのは知的財産権的にNGかどうかをはっきりさせたろうじゃないかと。現状の法律に則って。

1)曲の権利・歌詞の権利

一般的な替え歌ネタにおいて、知的財産権云々を語る場合に調べるのは、元の曲の権利の他に「歌詞」の権利も調べなくてはいけません。っていうか、替え歌ネタが揉めるのって、たいてい「作詞者」と揉めてて作曲者と揉めてるケースって無いんですよ。単純な使用権云々とはちょっと違う。

で、3分クッキングのテーマはどうなのか。

まず、あの曲は「おもちゃの兵隊の観兵式」といいまして、ドイツのレオン・イェッセルが作曲したものです(3分クッキングのサイトでは「おもちゃの兵隊のマーチ」と表記。これは曲名翻訳時のゆらぎによるもの)。そして、あの曲には歌詞がないのでこの曲の権利を持っているのは作曲者のみとなります。

……なんでそこを強調するかというと、知的財産権の是非を調べるにあたっては、権利を持ってる人が複数人に渡ることが多いから。例えばすゑひろがりずのネタで「学園天国」の替え歌を歌うネタが有るのですが、これの知的財産権所有者を調べるときは学園天国の作曲者と作詞者をまず調べないといけない。なお、学園天国は作曲が井上忠夫氏で作詞が阿久悠氏。

ついでにいうと、替え歌においては元曲を歌ってる人が誰かは問いません。なので、学園天国についてはすゑさんたちは小泉今日子殿とネタで言ってますが、実際はフィンガー5でも諸星きらりでも問題ないです。というかさ、昔三浦大知くんがFolderにいた頃歌ってた記憶があるんですけど、あれって番組の中だけでしたっけ?(FolderだったかFolder5だったか怪しかったんでググってみたんだが、どっちにも出てこなくて不安になっている)

……脱線しまくってるなあ。話を戻そう。

2)著作権の消滅は権利者の死後●年

気を取り直して。

替え歌における元曲の知的財産権がいつまで存在するか。半永久的に存在するわけではありません。流石にそれはね。一応、ある程度経つと消滅される仕組みになります。要はフリー素材になるのだ。

著作物が曲だったり作詞だったりするものの知的財産権の消滅は、2020年11月時点での日本国内の場合「著作者の死後70年を経過した年の12月31日」になります。……前提が細かくなっているのは、知的財産権の消滅時期が何回か変更されているため。今の死後70年は2018年の法律改正時に定められたのですが、その前は50年だったり、そもそも著作権法ができたとき(明治32年)には死後30年だったりとかね。ついでにいうと、法律が改正されて期間が伸びたからって旧法律時に知的財産権が消滅したものについては権利が復活するわけではないので、1967年に亡くなった人の著作物はその50年後である2017年に消滅したのに、1968年に亡くなった人の著作物は死後70年まで保護されるので2020年時点では作者に知的財産権が残ったまま。この方の権利が消滅するのは2038年です。

もっというと、上記年数は日本の話であり、他の国では年数が異なります。今の所一番長いのがメキシコで死後100年。著作権法が制定されてない国も存在します。ちなみに著作権がザルと言われがちな中国は死後50年。中国にもちゃんと著作権法はあります!

では、さて。3分クッキングのテーマ=おもちゃの兵隊の観兵式はどうなのかと。

作曲者であるレオン・イェッセルが亡くなったのは1942年。結果、彼の作曲した曲について、2020年現在は知的財産権が消滅しています。

……知的財産権って相続ができたりするので、単純な作者の死亡時期で判断するのは危険なのですが、レオンさんに限って言うならば、この曲を含めたほとんどの楽譜が国際楽譜ライブラリーに収録されてたりするわけで、大丈夫と見ていいでしょう。

(国際楽譜ライブラリーとは音楽に関する青空文庫みたいな存在。サーバはカナダにあるためライブラリー内の知的財産権はカナダの法律に乗っ取って運用されてますが、利用時は利用者の自国のルールを調べた上で使ってね!)

というわけで、ここまでの結論。

3分クッキングのテーマは、現時点で知的財産権が失効してるので、替え歌含め配信しても問題ありません

3)替え歌ネタに絡む面倒な権利

というわけで、3分クッキングのテーマにおいては曲だけだったので非常にシンプルに判断ができました。が、しかし、世の中の大半の替え歌というものは元の歌詞があります。

替え歌ネタというものは大きく分けて「元の歌詞を利用しているもの」「メロディーのみ利用で元の歌詞は一切利用していないもの」があります。大半は前者。
後者で思いつくのが「座王(関西ローカルの番組)」における歌ネタ対決。あれ、課題曲がクラシックパターンもありますが、J-POPであっても歌詞がないイントロ部分のみのメロディモチーフに歌詞をつけてるんだよね。3分クッキングのネタも後者に当たります。歌詞ないからどこに権利発生するんやって話なんだけど。

さて、その場合の知的財産権なのですが。

前者である「元の歌詞を利用している」替え歌ネタは、作詞者の「著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)」が関係してきます。場合によっては「翻訳権・翻案権・名誉声望を害する方法での利用を禁止する権利」も絡んできます。

なお、後者である「メロディーのみ利用」な替え歌ネタにおいては、作詞者の著作者人格権も翻訳翻案権も、著作権ですら関係していない(=メロディー側の知的財産権のみ関係する)とされています。

同一性保持権とは、作者の許可無く勝手に改変するな!と言う権利。
氏名表示権とは、他人が作品を紹介したり利用したりするときに作者の名前を絶対に出せよ!って言う権利。
翻訳・翻案権とは、別の言語に置き換えたり編曲したり曲イメージで勝手に物語やネタを作られたり変形(絵を彫刻にしたり、写真を絵にしたり、映画をコミカライズしたり)したりすることについて許可不許可を出す権利。
名誉声望を害する方法での利用を禁止する権利とは、著作者の名誉を侵害する方法(例えばアダルト広告の利用など)で使うやつ絶対に許さん!と言う権利。

端的に言うと「俺が作詞した歌詞で替え歌ネタ?許さん!」って言ったり「お前の芸風で俺の歌詞替え歌にされたら名誉毀損で訴えるで!」とか、そもそも「え?俺の歌詞で替え歌作って商売してる?ちょっと面出してもらおーかー?」って著作者が言える権利が著作権法。一応刑事罰もありますが、芸人さんの替え歌ネタで刑事罰は記憶にないです(刑事罰の対象はいわゆる海賊版(デッドコピー)関連ばかりなので…)。ただ、民事訴訟は結構あるので、モノマネや替え歌ネタベースの芸人さんは、事前にご本人に許可をとったり、企画で公認をもらったりとかするわけでございます。

もっとも、著作権侵害は親告罪、つまり権利者が訴えなければ立件されないという法律でもあります。だから、権利者に見つからなければ黙ってこっそりどんな替え歌でも作れます。そして、黙って替え歌ネタをしてたのが権利者にバレたとしても、権利者が「別にいいんじゃね?好きにすれば?」というスタンスのままならば罪には問われません。駄目!っていうのも権利ならばいちいち許可取るなこれはフリー素材なんだよ!って言うのも権利なのです。

「替え歌していい?」って聞かれたら「駄目」って言うけど、黙ってやってる分には知らんふりしとくよ!って権利者が言うのも、また一つの権利。

4)配信にまつわる問題

吉本の劇場配信においては、そもそも著作権フリーの楽曲しか使えないため、既存曲を流用した出囃子やBGMを差し替えて公演を行っています。

これも著作権の問題の一部なのですが、端的に言うとJASRACさんへの申請手続きの問題だったりします。最近問い合わせが多すぎるせいか、ちゃんと明記するようになったよ、JASRACさん。

このページからゲーム配信時の音楽利用云々も書いてあるので興味ある方はぜひ。

で、話を戻すと、今までの劇場での音楽使用とは別に手続きが必要で、かつ、替え歌のストリーミング配信においては権利者のストリーミング配信用許可が必須となってるところが、替え歌禁止の直接的な原因だと思うのですよ。ああ、権利者によっては「生の舞台みたいな基本映像に残らない形なら見なかったふりできるけどさ、ストリーミングとかで残ると見なかったふりできないじゃん?」ってパターンがあるわけ。

もう少しあけすけに言ってしまうと、ビデオグラム録音許諾不要かつ基本使用料無料の楽曲のみ使用する申請をして経費を抑えているので、替え歌とか既存曲とかの追加することで基本料が有料になるのをできるだけ避けたいというなんというか、うん、ね。そういうのが見え透けるといいますか。うん、吉本も劇場はみんな赤字で頑張ってたりするしね。

カネがないって、色々回せなくなるんだ!あるところから回せるとは限らないんだ!(血反吐を吐きながら)

こっちの制約から見ると「3分クッキングのテーマを口で歌う替え歌ネタを【グレー】と言う理由」が明確になります。っていうのは、おもちゃの兵隊の観兵式自体は外国曲だからで、外国曲の使用においては原則ビデオグラム録音許諾が必要になるから。経費削減がめっちゃ頑張るけど、違法なことはしたくない吉本さんにおかれまして、割と面倒な案件なのは否めないです。

これ、無限大ホールのYoutubeチャンネルに3分クッキングの漫才が歌パート込みでアップされてるからクリアされてるんじゃね?と一瞬考えてしまったのですが、よく考えたらストリーミング配信においては1公演ごとに許可がいるんだった。ぶっちゃけ、あの曲自体に著作権がないので別に不要なんじゃないかな?と思いはするものの、J-WIDで検索しても出てこないので、判定不能=グレーってなる気持はよく分かる。すべての曲がJASRAC信託されてるわけじゃないし、そもそも著作権切れの曲や外国曲については載ってるわけないんだよ!!

余談ですが、配信のない劇場における音楽利用はこれまでも包括契約を結んで利用していた(から既存曲の出囃子も流せたし替え歌ネタもOKだった)と思われます。こっちの包括契約と、配信用の契約って別なんですよ(!)

まとめ)権利は守りたい、されども

芸人とて、他人の権利は守りたい。しかし、本歌取り的なものを使って笑いを取ることがあるものについて、制約が厳しいのも芸幅を狭めるわけで。

ということをいろいろ考えた上で、「配信時は歌ネタ・替え歌ネタ禁止」ルールを作ったんだろうなあということは察するにあまりあります。吉本も多分、こんな長期間に渡って(もしかすると恒久的に)配信ライブやるつもり無かっただろうね…コロナ時期の短期間のみのつもりだったんだろうね……。

んでもって、判断を誰がするか、あかんやつだった場合誰が責任を取る家で揉めたり芸人さんに不利益をかぶせるのが嫌なので、結果として「替え歌ネタ禁止」「BGMはすべてライブラリのフリー音源」になったんだろうなあと想像できてしまいます。

難しいですよね、著作権。でも、それを破っていいなんて言えないのが、著作権で保護されてるクリエイターの端くれ。

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