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最後に「彼」と乾杯した時の話

「彼」は、世間一般的な物言いをすると【破天荒】な生き方、だったと思う。たくさんの猫に囲まれ、たくさんの本に囲まれ、たくさんのバイクに囲まれ、一見自由気ままに生きてきた、ように思えた。実際はそんなことはなかったと思うのだが、そこまで深い付き合いをしてきたわけではない私が見ることはなく、ただ、その生き方と行動に深い感銘を覚え尊敬していた。

そんな「彼」が、突然、この世を去った。

知ったのはSNSの知人のつぶやきからで、それを見た瞬間「はああああああああ!?」と絶叫したのを覚えている。まだ死ぬの早すぎだろ、おっさんよ。いくら酒浸りの生活だったとはいえさ、そんな兆候全然見せてこなかったじゃねえか、なんだそれ。っていうか、次の新しい活動の準備中って2日前につぶやいてたじゃないかなんだそれ期待してたんだこんちくしょう。

そう罵倒したところで、本人が黄泉の国へと旅立ったことには違いなく、その声が届くことはあるまい。わかっていたとしても、叫ばずにはいられなかったし、叫んだとしてもなにかできたわけではないのだが。

それから数カ月後。「彼」の戦友であり、彼と同じくらい尊敬する方から飲み会に誘われた。曰く「彼の思い出を語る会をしたい」とのこと。私は語れるほど彼のことを知っていたわけではないが、聞き手として、彼の思いを拾い集めたくて参加した。

場所は、彼と戦友である主催者がよく飲みに行っていた居酒屋。昭和の時代からあるような趣のある…というといいように言っているが、はっきり言うと、ちょっとボロくて庶民的な居酒屋の座敷の部屋。メニューなんかもマジックで手書きに書きつけたものをペタペタ貼っていて、戦後とはいえ昭和何年のなんだというビールのCMのポスターが色あせているのにも関わらず貼ったままになっていたりして。

すごく、彼が好みそうな雰囲気のお店だなと思った。

店員さんもハキハキしてて…というか、むしろ元気すぎてうるさいくらいで、他の席もガヤガヤしてて、割とざっくりとした感じで酒も食べ物も運ばれてきて、けれどなんか知らない間にオマケ的な一品が出されていたりして。

ああ、彼が好みそうな雰囲気のお店だなと思った。

そして、こういう居酒屋の席に彼が座って酒を飲んでいる姿は、想像が容易にできたのだ。初めて行ったお店なのに。いや、今そこに座っていてもおかしくないのだ。

ある程度メンバーが集ったところで、主催者は乾杯の音頭を取る。

「バカヤロー!」

グラスが重なり合う音、やけ酒のように飲む仲間たち。彼の思い出話…半分ぐらい悪癖暴露だったり伝説案件裏話だったりしてたような気がするが、そんな話をしながらすすむ酒とつまみ。

その席に、確かに彼はいて、一緒に酒を飲んで、一緒に笑って、一緒に泣いていた。そして、私は彼に乾杯をしたのだ。その時確かに、その場にいたと信じてる彼に。

かちりとグラスが重なり合う音。聞こえないはずの彼との乾杯の音は、今でも時々思い出す。そこで語られた彼の思い出と、きっとその場にいたら苦笑いを浮かべていただろう彼の表情とともに。

これが、5年前の年末。
そうか、もう5年経ったんだ。随分昔のようで、実はつい最近のような気もしていたけれど。

今も彼が生きていたら、この世の中についてどう思っていたんだろうかと考えることがしばしあるけれど、もしかしたら彼のことだから大好きなお酒と大好きな猫と大好きなバイクさえあればいいやと思ってるかもしれない。いや、もう一つ大好きな本が読めなくて泣いているかもしれないな。そっちの世界でも楽しく暮らしててほしいなと思う。きっと彼のことだから、黄泉の国で楽しいことを企画しているのかもしれない。きっとそうだ。彼ならやってるに違いない。5年の間に、その時献杯し合った何人かも旅に出ている。悲しくて寂しいが、みんなそこで楽しいことをしてるんじゃないかなと思うし、しててくれると信じてる。

その時は、もう一度。美味しい酒を片手に、かちりとグラスを傾けさせてほしいなと願いつつ。私はもう少しだけ、彼が突然去らざるを得なくなった世界を旅していきたいなと思うのです。新しい、破天荒な彼に捧げる「酒の肴」をもとめつつ。

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