【教育歳時記】提出物の点数

本日もよろしくお願いいたします。昨日のツイートを受け、僕なりに考えた内容があり、本日、このテーマで執筆させていただくことになりました。
僕が学校の先生だったら提出点をどうするのか、という視点で話したいと思います。この話がすべての基準ではないことをお知りおきください。なお、従来の点数のつけ方に対する批判を目的とはしていません。その辺もご考慮いただけますと幸いです。
では、最後までお付き合いよろしくお願いいたします。

■提出点のつけ方

では、なぜ僕がこの話をしなければならないのか、ということですが、昨日、あるツイートについて僕なりに思うところがあったのが理由、と言いました。その話が提出物の点数化についてです。
提出物の点数については、学校でないとあまり意味のない話では、と思います。ですが、専門学校でも成績を付けることがあります。

実は、僕の予備校講師としてのスタートは、専門学校の講師から始まったのです。このときに成績のつけ方の基本的なものを教えてもらいました。


【基本的な点数のつけ方】
テスト(2回分が基本)の点数+提出物の点数+授業態度など

ほとんどの方はこれを目安に点数をつけているのでは、と思います。テストの点数は定着度や理解度などを図るために必要なものなので、ここでは触れません。僕の成績付けの基準は、テストの成績のほぼ9割をテストの点数だけで決めます。

ですが、それではテストで点数が取れなかった人は?という問題が起こるため、そこで救済措置として授業態度や提出物の点数などのプラスアルファの部分を点数化するのです。それを合わせて成績を付けます。

問題は、提出物の点数です。この点について、僕はある一つのボーダーを引いています。それは、「自分で創意工夫ができているか」という点です。
授業を聞いて先生の指示に従って下線を引くということはできて当たり前なのです。なので、僕はそのできて当たり前の部分を提出点に加えることを一切排除しました。期日までに提出しなかった及び忘れたについては提出点をマイナスにします。最低ラインの提出ができていた場合はマイナスにしませんがプラスにすることもしません。もちろん、創意工夫ができている生徒に対しては最大限の賛辞を送ったのち、提出点のプラスをしています。

そして、この基準ボーダーについては、生徒には一切話しません。話してしまうと、簡単に回答を言って面白くないと思ったこと、また、話す必要がないと思うからです。講師の中には、きちんと生徒に説明をするように、ということを言われる方もいます。それはそれで間違いではないのですが、僕は、生徒自身に気づいてほしいと思い、あえて、基準ボーダーを話さないのです(教師がその基準をわざわざ話すことはないと思います)。ただし、個別に聞いてきた人については、きちんと答えますが、明確な回答は生徒自身で出してほしいと思い、ヒントは言うものの直接回答を言うつもりはありません。そこで、何が足りなかったかを生徒自身に気づいてほしいと思います。これが、今の生徒に足りないものではないのか、と思うのです。

■テストについても

実は、テストについてもただ内容を理解していれば点数になるような単純なテストにはしませんでした。それでも、評定を悪くつけたくないため、5割から6割ほどは授業で行った復習を基にそのままテストを作成し、2割は一問一答形式の問題にしました。
このテストを見るだけでも、勉強の仕方が甘い生徒が多かった気がします。

では、残りの2割はどうするのか、というと、会話形式の総合問題を行いました。そして、一部論述形式の問題(といっても回答がある問題ではなく、自分自身の意見を述べる問題)をとりました。自分で意見を持てなければ意味がない、マニュアルだけ理解しても意味がない、という意図から自分でまとめる問題を作りました(その分、採点基準などのラインをしっかり作らないといけないため、採点の時は苦労しました)。

ちなみに、1年だけ国家試験形式の問題を作ったことがありますが、その時は基準も大きく変わるため、参考にはなりません。

僕は、全体平均点が6割になるように作成することを心掛けました。僕のテストについては、必ずどこかで点数を落とすという問題があるので、満点を取るのが非常に困難なテストでした。確か、99点は何人かいたが、100点はいなかった気がします(1度だけ100点を取った人がいたのですが、噂では不正行為をしたと聞いているので、ある意味これはノーカウントです)。このテストで90点以上取れる生徒はすごいと思います(実際、そのような生徒は技術面でも光るものがあったと思います)。
なお、ほとんどのテストで平均点が6割前後で推移していたので、テスト作成についてはそこまで悪い問題ではなかった気がします。

■果たして提出点は必要なのか?

これに関する僕の結論ですが、提出点は基本的には不要と思っています。ただし、どうしても学習が追い付いていない生徒、成績が振るわなかった生徒などに対しての補填策としての提出点はあってもいいと思います。

難しいところではありますが、この提出点が内申点に響く、という呪縛によって本来行わなければならない学習ができていないのでは、と思っています。そして、一度楽する方法を見つけた生徒は、その方法を次のテストなどでも使う関係で、結果的にテストの点数が伸びあぐねる、という悪循環に陥ることになります(テスト前日くらいまで課題を仕上げていない、ということが多く、前日にワークに答えを写すという意味のない作業を行う)。

先生によっては、生徒が答えの丸写しをしたかどうかがわかる場合があるそうです。なお、僕の場合、以下の3点に該当した場合はその可能性を疑います(あくまでも可能性であって、実際にそうかはわからない)。

【生徒がワークを丸写ししたのでは?という疑念】
1 丸付けの際の丸のつけ方、字の書体が雑
2 やけに全て丸になっている
3 丸になっている反面、不自然な空欄(赤色で直す)がある場合

1の場合は、前日に一気に片づけたことがわかるうえ、作業で行っていることがわかります。ゆえに、点数が伸び切れていないことがよくあります。
2の場合は、1の場合とほぼ近いと思います。加えて、完璧に仕上げただけのこともあり、内容があまり入っていないこともあります。もしくは解答を写しただけかもしれません。
3の場合は、答えを写したのがばれないようにカモフラージュしているのです。あたかもこの問題はわからなかった体にして答えを写していません、というアリバイ工作です。

これら3つの共通点は、作業で片付けている関係で内容の理解が十分にいきわたらず、直前になったときに丸暗記でなんとかなる、ということです。当然、短期記憶力が優れている人は点数は何とか取れると思いますが、ほとんどの人は、期待していたほどの点数が取れない可能性はあります(実際、下記のツイートの返答として、ワークの答えを写しただけの生徒は成績が良くなかったと仰られていました)。

その対応として、先日Twitterでこのようなツイートを見て、それに対する僕の私見を述べました。

持ち込み可の定期テストをされた国語の先生のツイートを見て、生徒の普段の学習姿勢が見られます。ただし、作問や採点などに苦労された、とも仰っています。
今の新学習指導要領で、ALを利用するテストとしてはこのような形式が本来はあるべき姿だと思います。教師側は作問の工夫、採点の苦心など様々な問題があります。もちろん、普段の業務もあるので、このような問題作成がなかなか難しいです。

ですが、文部科学省が提唱していた思考力・表現力の活用という面では非常に素晴らしい一石を投じたと思っています
もし、このようなテスト形式が増えていくとなるなら、今までのワークなどは使い方をしっかりと理解しておかないと意味をなさない恐れもあります。特に、今まで定期テスト対策をウリにしてきた塾などは今後苦戦することも予想されます。そして、無責任な丸暗記指導なども減ってくると僕は思います。そういう意味では、ワークなどの提出点は今後は意味をなさなくなるのでは、と思います。が、内申点を欲しい生徒にとっては、ワークをしっかりとやる学習が行われるため、本来やるべき学習が生徒と先生側で大きな乖離が生まれるのでは、という懸念もあります。

2022年入試はどのように変更になるのか、それとも従来の形式を踏襲した形式になるのか、このあたりの変更などを見据えて指導を行わないといけないので、今年の受験対策は大変になると思います。

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