交換コラムNo.10 「ある夏の西表島で、無人販売のパイナップル」

たまに思い出すことがある。

それは夢の中だったり、ただ歩いている時だったり、人とランダムに話している時だったり、記憶の分岐点があやふやで、原風景のようなもの。天気の良さがトリガーとなり、春や夏に思い出すことが多い。海と連想してしまうのかもしれない。

幼い頃、父と姉と西表島に行った時の話。

小学生の頃は毎年、夏休みに沖縄へ行っていた。その年、母は仕事でこれず親子三人で1週間(もっとか?)西表島のカンピラ荘で過ごした。部屋には蟻とヤモリが仲良く住んでいて、100円を入れて動かすクーラーに薄い煎餅布団、シャワーの水圧は弱い。ただそのどれもを、気にしないのが子供である。姉は気にしていた気がしないでもないが...。

私は野生児に近く、幼い頃は活発な内弁慶だった。強い日差しに青い海、コンビニのようなものがひとつ、スーパーの記憶は本土でしかない。当時、信号も数えるほどしかなかった西表島は、人によってはなんにもない島でも、私にとってはパラダイスだった。

網でイモリをつかまえ、蟻を観察し、でっかい蛾に怯え(なぜか昔から蛾と蝶が怖かった。)カンピラ荘のおばあに、朝ごはんの残りのお米を葉っぱにくるんでもらい、目の前の海に潜ってばらまくとカラフルな魚たちが集まってくる。自分を脳内でリトル・マーメイドのアリエルに変換し、それははしゃいだ。

滞在中にいろんなアクティビティに参加した。山猫を探しに冒険したり、船で魚を取りに行ったり、マングローブの川をくだったり、洞窟探検したり、新種っぽいクラゲをみつけたり。毎日お気に入りの貝殻を数個もってかえり、部屋をザラザラにしていた。この島の外のことは何もわからず、情報が流れてくるのは食堂のテレビかラジオのみ。文化的な局面で唯一覚えている物は、タイトルも忘れてしまった漫画が面白かったことくらい。あれ、覚えてないな。

そんな楽しくもなぜか忙しい(常にやりたいことがあった)日々でも、毎日通っていた場所がある。カンピラ荘の隣にあった、無人販売所だ。やっとタイトルの話をしている。50円をガラス瓶にチャリンと落とし、スティックに刺された1/4カットのパイナップルを冷凍庫から取り出し、1本たべながら部屋に帰る。少しづつ舌で溶かし、柔らかくなってきたところをかじる。甘酸っぱく、固い、島の味。大雨が降った日も、海に行けなくても、真夜中でも、姉と喧嘩しても、いつでもヒヤヒヤのパイナップルが食べられる。大人になった今、このパイナップルが妙に恋しい。ある種の魔法がかかっていたのかもしれないとかどうとか。もう一度食べたいと思う、春の午後だった。


日の出

余談だが、カンピラ荘のHP、かなりいい感じ




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