短編【理性の扉をこじ開けて】小説

人間と云うものは、キッカケが有れば如何ようにも変われる。逆に言えば、キッカケが無ければ変われない。変わりたいと思っている人間はそのキッカケを待ち望んでいるのだ。私の妻の様に。

妻を四文字熟語で表すとしたら『質素倹約』または『簡素清貧』。地味で慎ましく、身を飾らずに貧しくても清らか。私は未だかつて彼女の口からモノが欲しいと聞いたことが無い。

そんな妻に、お昼に放送されている『昼ドキッ!情報局』というテレビ番組の1コーナー、『奥様は美女!お昼のシンデレラ!』への出演をプレゼントする事にした。

『奥様は美女!お昼のシンデレラ!』は一般視聴者を一流のスタイリストが髪の毛から爪の先まで完璧にコーディネイトしてくれる人気のコーナーだ。妻にも負けずとも劣らない地味な女性や男性が、高級ブランドの洋服を身に付け華麗に変身する。しかも、番組内で使用した衣装は漏れなくプレゼントしてくれるのだ。

その番組への応募が当選し妻の出演が決まったものの、根が恥ずかしがり屋の妻はその出演を拒んだ。しかし元来、押しに弱い性分なので、どうしてもと私が頼むと渋々ながら、それでいて満更でも無い様子で『奥様は美女!お昼のシンデレラ!』への出演を承諾してくれた。

そして、収録当日。司会進行役のテレビタレントの軽快なトークで収録は順調に進み、変身した妻と対面する時間がやって来た。


妻がスタンバイしている扉がゆっくりと開く。そこから現れた妻は……妻は……本当に美しかった。髪の毛は軽く染あげ、若々しく整えられている。施された化粧は濃すぎず薄すぎず、はにかんだ笑顔をより一層、可憐に魅せてくれる。そして全身に纏った高級ブランドの衣装は全体的に薄い桃色でまとめられ、可愛らしさが全面に出ている。別人の様に変容した妻を目の当たりにして私は思わず涙ぐんでしまった。

本当に、本当に美しかった。

その日から、妻は変わった。前よりも明るくなり、笑い顔も増えた。友達も増えていき、社交的になった。台所に立よりも化粧台に座る事が多くなり、半月に一度のペースで高級ブランドの洋服を買うようになった。戸棚の中の洋服はドンドン増えていき、貯金通帳の数字はバンバン減っていった。

妻は変わってしまった。しかし、私には妻を責める事は出来ない。元々、本質的に彼女は浪費家だったのだ。それを彼女なりに理性で抑えていたのだろう。その理性の扉を開いてしまったのは紛れも無く私なのだから。

今夜も美しくなった妻は夜の街へ羽ばたいて行った。私はカップラーメンを啜りながら妻の帰りを待っている。

⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

待ってて、チャオ

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