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短編【俺だけのヴィーナス】小説  

朝、目覚めると右の手の甲に眼が出来ていた。

目覚めたばかりで一瞬事態が飲み込めなかった俺は、もう一度、手の甲を確かめた。そこには間違いなく小さな眼がポツンと出来ていたのだ。

昨日、飲みすぎたか。

いや、飲みすぎたからと言って手の甲に眼が出来るなんて、そんな話は聞いたことが無い。

睫が長いところを見ると女性のようだった。少し垂れ気味の目尻、太くも無く細くも無く、整った眉毛。

瞳だけ見ればすこぶる美人だ。眼の形から推測するに、おそらく右目だろう。俺は、長い睫を引っ張ってみた。痛みがチクチクと手の甲に走る。もしかしたら、作り物の目を、誰かが俺の手の甲に貼り付けたかもしれないと思ったが、そもそも一人暮らしだから、そんな事をする奴はいない。

手の甲にくっついている眼は、シパシパと瞬きをして、涙腺からツツツツと涙をながした。睫を引っ張ったのが痛かったのだろうか。それを見た俺は、なんだか悪いことをしたような気持ちになった。しかし、いくら美人の瞳だからと言って、手の甲に出来るのは異常だ。

何かの病気かもしれない。今日は会社に行かなくては成らないから、取りあえず包帯で隠すとして、明日、病院へ行こう。

二日目、いつもの時間に目が覚めた。

すぐさま右の手の甲を見た。眼が二つに増えていた。今度は左側の眼だった。

両目が揃うと、ますます美人だった。その潤んだ両の眼で俺を見つめている。明らかにこの瞳は俺を意識している。なぜならば、右目が俺にウインクをしたからだ。

明日になれが鼻が出来るかもしれない。きっと、すらっと鼻梁が整った美しい鼻に違いない。その次の日には、桜の花びらのような小さくて可愛らしい唇が出来るだろう。そうなれば、ようやく俺は彼女と話ができる。

いや、まて。その前に耳が付かないと俺の声を聞くことが出来ないか。

最初に右目が出来て、今日、左目ができた。明日は鼻が出来て、明後日は口。その次は右耳、そして左耳。最後に髪の毛。順番は解らないが、とにかく一週間経てば彼女は完成するだろう。

早く会いたいよ、俺だけのヴィーナス。

俺は、将来、唇が出来るであろう場所にそっと口付けをした。彼女の両目は嬉しそうに潤んでいた。

三日目。

いつもの時間より早く起きた俺は直ぐに右手をみた。手の甲には、三つ目の眼が出来ていた。

そして、今日で一週間。

俺の右手には七つの目玉が付いている。

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