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短編【時間よ、止まれ】小説

「私はね、お嬢さん。時間を止める事が出来るんだよ」
「ホントですかー」
「おや?信じてないね?」

その日。私は友達と待ち合わせて、あるバーにやってきた。この店に来たのは初めてだった。友達の行き付けのバーなのだ。ところが、その友達がなかなかこない。仕事が残業とかで一時間ほど遅れるらしい。という連絡を受けてもう二時間が経とうとしている。そんな暇を持て余して一人で侘しくカクテルを呑んでいる私に一人の老紳士が声をかけてきた。

「私はね、お嬢さん。時間を止める事が出来るんだよ」
「ホントですかー」
「おや?信じてないね?私が息を止めると、止めている間だけ時間を止める事ができるんだよ」
「へーー」
「ほら、今時間が止まっていた。気が付かなかったかい?」
「え?」
「ははは。時間が止まっている時は私以外の人間は意識も止まっているからね。気が付かないのも仕方がない。おや?お嬢さん?肩にゴミが付いてるね?ちょっと失礼。取ってあげよう」

そう言って老紳士は、グッと私に近づいて肩をチョンと触った。やれやれ。男ってヤツは幾つになっても。でも、年が離れ過ぎているので悪い気はしない。

「あ、ありがとうございます」
「いやいや。だからね、お嬢さん。私が死ぬと世界は止まってしまうんだよ」
「ああ、そうですか・・・」
「信じてないね。」
「はぁ」
「今、時間を止めたよ。気づかなかったかい?その証拠にホラ、お嬢さんの財布」

そう言う老紳士の右手にはいつの間にか私のノーブランドの財布があった。

「あれ?うそ!なんで、持ってるんですか!」
「ははは、時間を止めて、コートから抜き取ったんだよ」
「うそ!」
「はい。お返しします。ほら!また時間が止まった。今度はお嬢さんの腕時計を時間を止めて外したよ。ほうら」
「え?え?うそ!なんで私の腕時計が!」
「これで、信じてもらえるかい?私が息を止めると、時間も止まってしまうという事を」
「は、はい。すごい。こんな事があるなんて・・・」
「さて、今日はこのへんで失礼しよう。今日は美人さんとお話ができて気分がいい。そのまま死んでもいいくらいだ」
「だ、だめですよ!死んだら世界がとまっちゃう!」
「ははは。精々、長生き出来るように気をつけよう。では、マスター、失礼するよ。お嬢さん、またお会いしましょう。では」
「うわわ。凄い人に会っちゃった。ねぇ、マスター。あの人、よくここに来るんですか?」
「ええ。常連のお客様です。ここだけの話ですけどね、お客様。あの方は昔、スリの達人だったんですよ」
「え?スリ?」
「はい。引退して、今では人の心をスル事を楽しんでおられます」

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