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短編【左の親指】小説

「佳乃とこうやってカフェでお茶するのも久しぶりだね~」
「ほんと。高校以来だね」

日曜日の昼下がり。あずさ佳乃よしのは四年ぶりに会った。都内のお洒落なオープンカフェで待ち合わせて舌は満たされるが腹は満たされないカロリーの低いランチを食べ終わり、デザートが来るのを待っている。互いが互いに綺麗に垢抜けちゃって、なんて思っている。

「まさか同じ区内に住んでいたとは。フェイスブックがなかったら知らないまま過ごしていたかもね。でもびっくりしちゃった。佳乃が結婚してたなんて」
「なんでびっくりするのよ。私だって結婚くらいするよ」
「いやいや、そうじゃなくて結婚はいいんだけど、まさか子持ちと」
「まあね。わたくし、こう見えて9歳の子持ちで御座います」

佳乃は左手の指を綺麗に揃えて左頬に添えて奥様口調で答える。薬指には結婚指輪が収まっている。これは佳乃がさっきからやっているギャグなのだが、梓はスルーしている。

「どんな人?旦那さんは」
「んー。まあ、優しい人でございますのよ」
「9歳の瘤付きなんだから、年上でしょ?」
「45でございます」
「45!って事は……22歳差!」
「左用でございます」
「ちょっと待ってー。子供が9歳でしょ?そっちの方が年が近いじゃない」
「はい。子供とは14歳差で御座いますよ?何か?」
「失礼します。ご注文の…」

と、ここで頼んでいたデザートのストロベリーレアチーズケーキと濃厚抹茶プリンが届く。

「大丈夫なの?」
そう言って梓は濃厚抹茶プリンを口の中で溶かす。

「何よ、大丈夫って」
「いや、友達だから言うけどさ、佳乃ってさ、ちょっと鈍いじゃない。鈍感っていうか。最近の子供は生意気だから、舐められてないかな~と思って」
「相変わらず、はっきりと物を言いますね~」
「佳乃だから言うんだよ。全然気にしないでしょ?こんな事いわれても」
「全く。梓は私の事を鈍感鈍感っていうけど、全然ピンと来ないんだよね~。何をもって私の事を鈍感て言ってるのか」
「あんた高校の時、部活の先輩から散々いびられてたでしょ?パシリにされたり肩もみされたり」
「え~~。いびられてないよ~。結構可愛がられてたよ~」
「まあ、いいけどね。そういう佳乃のメンタルの強さは尊敬に値する」
「え!尊敬してたの!ごめん私鈍いから全然気がつかなかったー」
「…うん。そういうトコ。そういうトコが好きなの。で、子供とは上手く行ってるの?」
「問題無し。ちょっと天邪鬼な所があるんだけど、そこがまた可愛いんだよねー」
「ふーん。男の子?」
「ううん。女の子。この間も一緒にお買い物に行った時に、霊柩車が向こうから走ってきたから、『霊柩車を見たら親指を隠すんだよ、右の親指を見せたらお父さんが亡くなって、左の親指を見せたらお母さんが亡くなっちゃうから』。って教えたら思いっきり左の親指突き出してた。もう、本当に可愛い」
「やっぱあんた、良い性格してるわ」

梓は濃厚抹茶プリンの最後の一口を口に放った。

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