見出し画像

短編【真夜中の電話】小説

1

あの人に振られた。三年も付き合った彼に振られた。別れは突然やってきた。突然と思ったのは私だけだったのかもしれない。彼の心はもっと前から私から離れていたのだろう。私は鈍感な女だ。

「本当にゴメン。お前といても、何ていうか…。つまらないんだ。お前と一緒にいる時間が苦痛なんだ。だから、別れてくれ」

それが別れの言葉だった。他に好きな人が出来た。とか、アメリカに渡って語学の勉強をしたいから。とか、俺といるとお前が不幸になるから。とかじゃなくて、一緒にいる時間が苦痛だから、別れてくれって言われた。今思えば、私は退屈な女だったかも知れない。一緒にデートしても私から話かける事は殆どなかった。いつも彼が面白い話をいっぱいしてくれた。

だけど、付き合って一年も過ぎると流石の彼もあまり話をしなくなった。二人で黙って公園を歩いたり、美術館に行ったり、映画館に行ったり。そんな時間が多くなった。でも、私はそんな静かな時間が好きだった。だから彼もきっとそんな時間が好きなんだろうと思っていた。そう思い込んでいた。公園に行った時も、美術館に行った時も、映画館に行った時も、彼はずっと苦痛だったんだ。

それを知った時、私は物凄く悲しくなった。彼と別れて一日が過ぎた。たった一日しか過ぎていないのに、寂しくて、寂しくて死にそうになった。彼ともう一度話がしたい。私は携帯電話を手に取って彼に電話をかけた。別れたばかりなのに。ウザイ女だと思われるかもしれないのに。それなのに私は彼に電話をかけた。

「はい」
「もしもし、雄二ゆうじ?」
「誰?」
「誰って…もう忘れたの?」
「誰だよ…。いたずらだったらやめろよ…」
「どうしたの?雄二。何怯えているの?」
「お前、誰だよ!亜由美あゆみのマネしやがって!アイツが飛び降りたのは俺のせいじゃない!いい加減にしてくれ!」
「雄二!雄二!どうして切っちゃうの?寂しいよ、寂しいよ雄二…」


2


午前2時18分。決まってこの時間にあの女から電話がかかってくる。

「もしもし、雄二ゆうじ?」
「誰?」
「誰って…もう忘れたの?」
「誰だよ…。いたずらだったらやめろよ…」
「どうしたの?雄二。何怯えているの?」
「お前、誰だよ!亜由美あゆみのマネしやがって!アイツが飛び降りたのは俺のせいじゃない!いい加減にしてくれ!」

二ヶ月前、俺は亜由美と別れた。彼女とは三年の付き合いだった。他に女が出来た訳ではなかった。ただ、彼女といるのが苦痛だったからだ。とにかく無口な女だった。始めはそれが清楚で可愛らしいと思っていた。俺自身も、おしゃべりするのが好きで、話を聞くよりも話す方が得意だったから無口でも不満は無かった。

ところが付き合って一年も過ぎると話すことが尽きてきて次第に俺も無口になっていった。一緒にデートをしても俺から話さない限り彼女は一言もしゃべらなかった。そんな態度に苛々が募り、ついに三年間の付き合いに終止符を打った。別れたその日の夜。午前2時18分に、彼女は飛び降り自殺をした。しかし、彼女は死ななかった。

絶対安静の昏睡状態で今、病院にいる。それなのに午前2時18分になると、あの女から電話がかかってくる。絶対安静で動けない筈の、あの女から。

「もしもし、雄二?」
「誰だよ、お前…」
「誰って…もう忘れたの?」
「いい加減にしろ!亜由美の友達か!」
「どうしたの?雄二。何怯えているの?」
「警察に通報するぞ!」

警察。そう、俺はこのいたずら電話の件で警察に通報をした。ところが、午前2時18分、この時間に俺の携帯電話には会話記録が無いというのだ。じゃあ、いったい誰が?…午前2時18分。今日もあの女から電話がかかってくる
「もしもし、雄二?」
「いい加減にしてくれ!」
「もしもし、雄二?」

もしもし、雄二?もしもし、雄二?もしもし、雄二?もしもし、雄二?もしもし、雄二?

「いい加減にしてくれーー!!!」

もう、気が狂いそうだった。亜由美が飛び降りてから二ヶ月間、毎日毎日謎の電話。しかし、亜由美は生きている。病院で昏睡状態になって。

午前2時10分。俺は、亜由美が昏睡状態で横たわる病室に忍びこんだ。冷たい病室で亜由美は横たわっていた。この女さえ死ねば、この女さえ死ねば…。午前2時18分。俺は昏睡状態の亜由美の首を強く締めた。

「何をしてるんですか!」

亜由美の首を絞めている俺の背後から看護士の叫び声が聞こえたが俺は亜由美の細い首の骨を折る勢いで力を入れ続けた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?