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01 スカイ・ロード

『 ボギー、 ボギー! 第一飛行隊に発進要請。 敵航空機の可能性あり』
 第一報が飛び込んできた瞬間、カイアナイト空軍レッドスピネル基地第一飛行隊エースのカイザー・オロフ・エルセン中佐は、それまで珈琲を飲みつつ、どこかぼんやりと航空雑誌を眺めていた表情を引き締めた。
 それまではどこか茫洋した雰囲気で、スカイブルーの瞳をなんとはなしに雑誌に向けていたカイザーは、平時はどこか浮世離れしており、しかし一度機上の人となると鋭そうな印象を与える。そのため、長く一緒にいても、つかみどころのない雰囲気の両極端さを併せ持つパイロットだと認識されていた。
 しかし一度戦闘、もしくは空や戦闘機のこととなると、よく似た他人ほどに厳しく鋭い。
 雑誌と珈琲のカップをテーブルに置くと、すぐに立ち上がり自身のヘルメットに手をかけていた。
「行くぞ」
 短く仲間たちに促すと、それまでトランプで賭けをして、完全に負け越していたハーマン・サンプスン大尉が助かったとばかりにカードを放り投げて立ち上がった。
 一斉にロッカーにかけてある自身のヘルメットへ手を伸ばす。
 この日、第一飛行隊は第二戦闘配備を敷いており、いつスクランブルが起こっても即時応答できるよう、G、すなわち重力加速度に対応する耐Gスーツ、パイロットスーツを着用し、格納庫に隣接するロッカールームで待機状態にあった。
 そのため第一報を受けると、即座に全員が立ち上がり、ヘルメットを手にすると一斉にハンガーへ向かって飛び出していく。
 もちろん機体はすでに調整済みであり、パイロットがいつでも飛び出せるよう待機していた。
「あー! レッドファングずるい!」
 仲間入りの洗礼で勝手に仲間や上官に付けられる、タックネームを呼ばれたハーマンは、ニヤリと笑ってヘルメットに手をかけた。
「スクランブルだぜ! ずるいもなにもねぇだろ、フォックスバット!」
 本名はもちろんある。極秘にしているものでもなければ、避けているわけでもない。それでも上官や部下の隔てなく、タックネームで呼び合うのがパイロットたちであった。
「ずるいよ! レッドファング、わざとカードをめちゃくちゃにしたじゃない! ぜったいあたしのほうが勝っていたのに!」
 女性パイロットであるオリアーナ・オトウェイ大尉は、ヘルメットを手にしながら我先にと格納庫へと駆け出した。まだ結うには短い、栗色の髪の毛が揺れた。
 レッドファングの由来は、パイロットになりたての頃に、食事をしていた際にトマトの皮が歯にくっついていただけという、大した意味のない馬鹿馬鹿しさで、フォックスバットは、本人は小さいくせに、戦闘機に乗せればやたら動き回るというところから付けられたらしい。もっと女の子らしいかわいいのにしてよ! という反論は、当然黙殺された。
 理不尽なタックネームなどいくらでもある。二人のタックネームはまだマシなものであった。
「どうでもいいから早く走れ! 勝敗決めたきゃ、一機でも多く撃ち落せばいいだろ!」
 カイザーの右腕と目されるキャメロン・バリー少佐は、ヘルメット片手に怒鳴り、すでにスタンバイしている機体へとむかって走っていく。階級こそカイザーよりも一つ下だが年上であり、この第一飛行隊の精神的な支柱と言っても過言ではない。
「連中、ちょっと一輪車に乗れるくらいで、一人前のサーカス気取りだ。ノコノコとデス・サーカスにまでやってきやがって」
 悪態をつくバリー少佐と肩を並べて聞いていたカイザーは、すれ違いざまにぽんと肩を叩いた。

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