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公立病院の決算統計は巨神兵並みの破壊力か?

6月に入り、自治体の一般会計は、出納整理期間が終了して決算額が確定している頃でしょう。現役の公務員の頃は、4月から5月は補助金や委託料の確定業務、それに引き続く国庫補助金の受け入れや逆に確定後払いの業務で、とにかく忙しかったことを覚えています。
そして追っかけてくるのが、決算統計と呼ばれる総務省の統計調査資料の作成業務です。今は各自治体ともシステム化されていて、基本数値は財政課で取りまとめて、所管課はその内容の確認くらいで済んでいるんではないかと思いますけど、今から40年近く前は、年間で一番苦しいのではと思うくらいの業務でした。

決算を千円単位で整理して、それを義務的経費、投資的経費、その他の経費の3つに性質別に分類して、それを事項(まさに行政の専門用語)ごとに集計して、目(予算の3番目の分類)まで足し上げるのが所管課の仕事。
それを項(予算の2番目の分類)まで足し上げるのが部の仕事で、更に款のレベルで仕上げるのが財政課の業務だったと記憶しています。
この足し上げる作業を最初にやった当時は手計算でしたから、縦30cmくらい、横120cmくらいの(裏ではフンドシと呼んでいた)用紙に、事項ごとに節(予算の1番小さい分類)の決算値を書き込んで、それを足し上げてという作業が延々と続いていました。
初めてやったときには、先ずは四捨五入などで千円単位にした決算値を課の集計担当と調整することを知らなくて、どうやっても合わない数字に用紙を破り捨てて帰ろうかと思ったことを思い出します。

その後、マイクロソフトのMultiplan(Excelの前身かな)という表計算ソフトがシート間の串刺し演算をやってくれることで事項からの積み上げが格段に楽になり、また、能力のある人がマクロを組んでくれたりしたので、元数値を調整さえすれば1日で終わるようになりました。

というのを長々と書いてきたのですが、今でも一般会計では性質別の分類は現課でないとわからないため、一般会計の決算統計の用語や手順については、自治体職員であれば一応の知識があるはずです。

ところが、公営企業会計の決算統計は全く勝手が違います。

まず、款、項、目、節が違いますし、それも水道事業と病院事業でも違います。損益計算書や貸借対照表に出てくる用語も使われますから、それらの知識も必要です。また、企業債と言っても建設改良に使う企業債(いわゆる4条の起業債)と営業活動に使う企業債(いわゆる3条の起業債)も分類して書かないといけません。

要するに、一般会計の決算統計の知識はほとんど役に立ちません。ですから、仮に財政課で決算統計を担当してきた人でも、企業会計の知識がないと大変な苦労をすることになります。逆に一般会計の知識がガチガチに入ってしまっている職員の方が苦労されるかもしれません。

前回書いた企業会計の勉強会は、そういう経験も踏まえて、少しでも早く決算を仕上げてもらいたい、そして決算統計の作成に少しでもお役に立てればということもあって5月から始めたものです。
先週も2回実施させていただきましたが、そのうちの1回の参加者の方から、4月に異動してきた職員が決算統計で困っている、県への提出期限が過ぎているがまだできない、どうしたらよいかとのご相談がありました。
この勉強会には比較的規模の大きな病院さんも参加されていて、そちらは以前そういうことがあったことへの反省から、予算と決算の担当を2人制にして異動の時期をずらすようにしているとのお話でしたが、規模が小さくてそもそも予算も決算も日常の伝票業務も1人でやっているような自治体病院では、そういうお話は夢の世界です。

自治体病院の決算の大まかな手順は、
1 試算表で借方と貸方の残高を確認する
2 減価償却費の計上や翌年度支払う企業債を長期負債から短期負債へ振り替えるなどの期末処理を行う
3 特定収入などの内容を確認して、控除対象外消費税などの額を確定して、雑損失への振替などの必要な処理を行って、仮払消費税仮受消費税を整理する
4 試算表を再度確認して借方と貸方の残額が一致しない場合は、伝票をチェックして、1に戻る
5 試算表が完成したら、損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書を作る(税抜き)
6 税込みの決算書を作る
ということになります。そしてここまでできて初めて決算統計が作れるようになりますから、企業会計と消費税の知識がないとできないことは明らかです。そして、こういうことをいきなり4月の人事異動で送り込まれた職員がやらないといけないわけで、新しく来た職員が休職してしまったとか、最悪退職してしまったなんていう悲しい話も聞かれます。

もっとひどい話では、どうやってもシステムから出た数字を合わすことができなくて、エイヤで整合性のある数字を作って決算して翌年はめでたく異動したなんていう話も聞いたことがあります。でもこういうことをやると、そのエイヤが、正しくない貸借対照表として残ってしまって、翌年度はなぜ貸借対照表がこういう数字になっているかわからない、やはりシステムと合わせることができないからまたエイヤをやるという、故意の粉飾と言われても仕方のない決算になってしまいます。
しかし、幸か不幸か監査委員も監査委員事務局職員も、また議員も病院会計の知識がないので、誰からもおかしいと指摘されないままエイヤが積み重なって全く実態とかけ離れた貸借対照表ができてしまうことになりかねません。

まさに巨神兵になぎ倒された王蟲の死屍累々の状況になってしまいます。

私自身の経験からすれば、私と同じように日商3級程度の簿記の知識があれば、病院の会計は見ることができます。でも、規模の小さい病院ではその勉強をする時間を作ることも困難です。
この解決策としては、どういうことが考えらるでしょうか。
まず第1はやはり職員を増やして2人担当制をとることだと思います。そして、異動は必ず年度をずらす。でも、そうでなくても赤字でピリピリしている公立病院でこれ以上事務を増やすことには抵抗があるでしょうから、経営改善と会計事務を二人の担当者でやるということで増員したらどうかと思います。経営のためには会計事務の知識が不可欠ですから。
もう一つは、税理士事務所などと契約して、毎月の例月検査の前に専門家のチェックを入れることがあるかと思います。そうすれば、担当する職員も、学びながら会計事務をすることができます。
いずれも費用が掛かることですが、ステークホルダーである住民への正確な説明責任ということでは、考えて良いことだと思います。
これらがダメなら、広域異動のない市町村(規模の小さい公立病院はこちらでしょう)では、病院への異動を10月にすることも考えて良いのではないかと思います。4月に内示して決算を一緒にやりながら勉強する、あるいはその間に簿記の勉強をやってもらって10月に正式異動ということになれば、翌年度の予算編成から知識を持って勤務できますし、2人制ではなく1.5人制で済みます。

いずれにしても、市民への説明責任をしっかりと果すという意味では、特に小規模の自治体病院では、現在の職員体制を考え直す必要があると思います。

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