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7 どうすれば、三つの顔を持つ医師に選んでもらえるんですか?

前回は「医師には医療者と医学の研究者と労働者・生活者の三つの顔がある」ということを書きました。
これが正しいという前提で、それでは医師に選んでもらう、そして少しでも長く居続けてもらう病院になるためにはどうすれば良いか考えてみましょう。

ところで、よく「医師"確保"」という表現を使いますが、この表現、あまり好きじゃないです。テレビなどでの「容疑者確保!」なんていうセリフと同じ響きですからね。

さて、そんな話は置いておいて、本題です。

順番は逆になりますけど、労働者・生活者としての医師にとって魅力のある職場になるためには、ということから考えてみましょう。
そのための一つには報酬で報いることが考えられますし、もう一つは労働時間で補償するということが考えられます。
報酬で報いるには、他の病院に比べて高い給料を払わないといけません。医師が1人とか2人なら、繰入で対応するとしてもそれほどの負担にはならないでしょうけど、これが規模の大きな病院で100人とか200人の医師が働いている病院だと、当然収益に見合った給与水準を考えないといけません。
また、あまり高い給与水準になると、近隣の他の公立病院だけでなく民間の病院からもクレームが出てくることも考えられます。
労働時間で報いようとすると医者を増やす必要がありますから、今でも足りないのにどうするんだ、という議論になります。若しくは救急を断ったり外来の患者さんの数を厳しく制限したりすることになりますから、収益にも影響を与えるだけでなく、住民からの評判も悪くなります。
さらに心配なのは、高い給料や楽な勤務条件に惹かれて働きに来る医師が、その条件に見合った仕事をしてくれるか、ということです。公立病院で採用された医師は地方公務員法の適用を受けますので、当然ですが簡単に辞めさせることは出来ません。むしろ、医者がいてくれるだけでもありがたい、ということで給料に見合った働きをしてくれない医師でも、とにかく居続けてもらえば良いということになりかねません。
そうなると、いったい自治体がその病院を作る目的は何なんだ、ということになってしまいます。

次に医療者としての医師にとって魅力のある病院になるとはどういうことかを考えてみます。
このために必要なのは、医師がやりたいと思うような医療を提供する病院になるということだと思いますが、これは、医師に迎合しろということではありません。
医師の専門医志向が強くなっているとよく言われていて、私もそれはあると思いますが、医師が考える専門性には本当にいろいろなものがあります。年中手術をやってさらに技術を高めて、天皇陛下(現上皇陛下)の心臓手術を行った順天堂大学の天野先生のような医師になることを目指す医師ももちろんいますが、一方では地域医療で子供からお年寄りまで地域の住民の健康と安全を守ることに情熱を傾ける医師もいます。
必要なのは、その病院(診療所でもかまいません)は地域にどのような医療を提供しようとしているのかを明確にして、それを実現するための設備や機器、看護師などのスタッフと教育体制を整えて、さらに住民にもその考えをちゃんと示して共有されていれば、その方向性を理解してやりたいという医師を探しに行くことができます。
このために必要なのは、開設者である自治体の首長と議会がしっかりとその病院で提供する医療の方向を決めてそれを住民に明示することで、これにはお金はかかりません。施設の整備やスタッフの教育などにお金はかかりますが、それは結果として病院が提供する医療の質を高めることにつながりますから、先を見越した投資として回収できるものです。

最後に研究者としての医師にとって魅力のある病院にするにはどうするかを考えてみます。
一番簡単な方法は学会参加の費用を負担することです。これまで1回だったら2回に、あるいは発表についてはもう1回可能、とか医師が最新の医療の知見に触れる機会を増やすことで医師のモティベーションを高めることができます。でもこれも医師が多くなると費用負担が厳しくなりますし、そもそも学会参加の時は休診になりますから、収益にも影響を与えるし患者である住民にも負担がかかりますので、限界があります。
もう一つの方法としては、高度な知識を持った専門家を外部から招聘してコンサルテーションや講習会をしてもらうことがあります。こちらは、一人の講師に来てもらうことで多くの医師や時には看護師などにも良い影響を与えることが可能ですから、こちらも結果的に病院が提供する医療の質を高めることになります。

このように考えると、医師のモティベーションや病院へのロイヤリティを高めるためには、医師の三つの顔について、医療者>研究者>労働者・生活者の順で投資するのが一番コストパフォーマンスが高いでしょう。
実際に私が一緒に働いたりお話を伺った医師の多くが、自分の立場を医療者>研究者>労働者・生活者の順で重視していました。
多くの外来患者さんを診て昼食時間が2時からになり、少しのお昼休憩の後に病棟回診して、4時からは院内の委員会や会議、それを済ませてから残った回診をして紹介状の返書を書いて、時にはそのまま救急当直、なんていう事務屋には信じられないような激務をしていても、医療者としての矜持と研究者としての誇りを失わない医師は本当にたくさんいます。
そういう素晴らしい医師にできるだけの金銭的なお返しをするのはもちろん必要ですが、それ以上に医療者であり研究者である医師に敬意を払い、その医師と病院の向かう方向を共有することが、医師に選んでもらう一番の道、あるいは王道だと思います。

うちの病院には医師が来てくれないと嘆いている首長や議員、病院担当の幹部の皆さん。

皆さんは、医師に向かって、うちの病院はこういう形で住民の医療を確保したいと考えています、そのために先生にはこういうことをやってもらいたい、機器はこのように整備してスタッフはこうやって育てます、と言えますか?
それらを全部医局から回ってきた院長に任せているようでは、医師に選ばれる病院にはならないと思います。これこそが開設者の責任であり、成功している民間病院では理事長が必ずやっていることです。
「なぜ民間病院は黒字なのにうちの病院は赤字なんだ!」と現場でぼやく前に、民間の理事長や院長がどのようなことをやっているかを考えてみてください。

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