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その6:剣道と哲学(2) ―初心に返る―

 父が79歳の時に脳血栓で倒れ、私は29歳で東京興武館を託された。そして義兄安藤宏三先生と二人三脚で守った。稽古に関して、義兄は「君の考えている通りのことをすればいい。私は全面的に協力する」と言ってくれて、基本と切り返し・懸かり稽古を中心に行ってきた。

加えて、義兄は高野弘正先生主催の「中西派一刀流講習会」に度々参加して古流の形を習って来ては、「やらないと忘れるから一緒に稽古しよう」と言って随分教えて頂いた。今稽古している「形」がその一部である。そのお蔭で、このコロナ禍の世に悠々と稽古しているという訳である。

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 「盈進義塾興武館」という名称は、父が亡くなって10年くらいしてから、祖父への思いから加えたものである。父の代は「東京興武館」と言った。しかし、創設してから110年経っているのに、それでは思いが伝わらないと思った。そこで初心に返り、祖父が育った田島家が明治10年(1877)に開設した私塾「盈進義塾」という名称を復活させて現在に至っている。

 「盈進」とは『孟子』に書かれている。学生の頃、意味が分からなかったので一度父に尋ねたことがあった。父は「『孟子』に書いてある」とだけ言った。早速本屋で『孟子』(上)を購入して読んだ。最後まで読んだが書いてない。そう伝えると、「じゃあ、下巻にあるんじゃないか」ということで下巻も購入して読んだら、後ろの方に書いてあった。結局上下二巻を全部読んだ。

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 コロナ禍の中およそ半年間、剣道界は感染しないようにいろいろ工夫しながら稽古している。道場で一人でも感染すると大変だ。今の状況を考えると、気持ちは分かるが急ぎ過ぎない方が良いのではないか。

 「競技剣道」の歴史を見た時、結果が話題の中心で結果さえよければいいだろうという風潮がある。結果を出すために焦ってしまうのかもしれない。生前、「興武館」の館員だったマックス・ウエバ―研究の第一人者で経済学者の安藤英治先生が説明して下さった。

「現代は商品性が世の中すべてを覆いつくしてしまっている。商品生産というのは、利潤追求を目的としており利潤は結果である。つまり、うまくやって儲けるという精神が根本になっている。そしてこれが社会のあらゆるところに浸透している」と。40年前のことだ。

今日の剣道を見てもそれと同じだ。これは「勝ちたい」という欲求から生まれたもので、「勝つこと」に躍起になっている。しかし欲が出たら、何もなかった頃の純粋な気持ちに返ることが大事だ。

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 今70歳になって自分自身を試している。このコロナ禍の中で、本物の剣道を志した20代の気持ちに返ることができるだろうかと。高齢者には「不要不急の場合以外の外出を自粛すべし」とのお達しが出ている。70代を如何に生きるかは、尾身先生の見解を基に日本剣道形や古流の形稽古に励み、ゆったりと剣道人生を生きることが大事だと思っている。

 終わりが見えないコロナ禍の中で、「盈ちて進む」にはどうしたら良いか、自問自答の毎日だ。

令和2年(2020)9月12日
於松籟庵

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