日々孤独に努力する者へ、コスパがすべてじゃないぞ

本稿は自身を含め、日々誰の目にも触れず、変化に不器用にキャッチアップしていく者(法務担当者)へ向けて書いたものである。

ここ数年、多くの会社に影響するものとして、民法(債権法)、同一労働同一賃金にかかる労働諸法、会社法、公益通報者保護法、電子帳簿保存法、コーポレートガバナンス・コードの改正、IT事業者にとっては、著作権法、個人情報保護法、プロバイダ責任制限法、電気通信事業法の改正など、目まぐるしい法改正が続いている。

正直これらに1人あるいは少数人員の法務担当でキャッチアップをするには、通常の業務に加えてかなりの負担を求められる。

内容の理解に時間を要するのに加え、法改正から施行日までの期間が短く(基本的に公布から1年以内)、法律の改正後に行われる施行規則やガイドラインが定まってから対応を検討するスタンスでは、施行日に間に合わないことが多い(ガイドラインが出ても実務的への落とし込みには不足している情報しかないことも非常に多い)。

法務担当者でさえ内容の理解に時間を要するのに、これを会社への影響を評価し、関係部署を洗い出し、関係部署に理解させて協力を求め、対応を決定し、経営層の理解と承認を得る、このサイクルを、上記の改正は時間をずらして何度も求めてくるわけであるから、率直に言えば「いい加減にしてくれ」と言いたくなる。
※外部の有識者を起用するにも、管理費である法務部門に予算は割り当てられておらず、外部の知見を活用するのも難しい。顧問弁護士がキャッチアップできていなければ、法務担当者としてはほとんど独力で対応を検討するほかない。

そしてそれだけの苦労をして、では社内的に評価をされるかというと、基本的には「評価されない」。
管理部門の要請とは基本的に収益の増加にはつながらず、社内の対応コストを増やすことであるから、利益を圧迫するばかりである。

この現実を、例えば個人情報保護に関しては「適切なプライバシーへの理解と対応を企業の付加価値と捉えるように」と綺麗事をいうけれども、実際にはその企業に対するステークホルダーの多くはそんなのは「気にしていない」のであり、なんら「素晴らしい」という評価がなされることはない。(一部のマニアックな人間が着目する程度である)

事業部からは、
「それは義務なんですか?」
「今やらなくてはいけないんですか?」
「うちの規模ではまっさきに指摘されるわけではないんですし、よその様子を見てからでいいのではないですか?」
「法務の方で対応しておいていただけますか?」
「担当では判断がつかないので詳細は上長を通しておいていただけますか?」⇛(関係部門の上長へ話をするも)「具体的に現場のどの業務に影響が出るのかを担当と話してまとめてから教えていただけますか?」
このような反応をもらいつつ対応する身にもなってほしい。

このようなことを繰り返していると、あるとき思うのである。

なんのためにこんな苦労をしているんだ?

打算的なことを言うと、民法の改正時は、あらゆる会社に行っても必須の法律であるし、各種資格試験(それこそ司法試験など)に有用であるので、学習しない理由はなかった。

それに対し、それ以外の法律は全くの同業種への移動出ない限り正直ポータブルスキルではないし、必要とされる場面は限られている。

にもかかわらず、専門家としての深い理解と、オールラウンド性が求められるのは、正直言ってコスパが悪いのである。

ここで少しでも賢ければ、「事実として改正法が施行されても直ちに摘発されるわけでもないし、問題が発生したときに対応すればいい。そのときには世間的なノウハウも蓄積され、顧問弁護士も学習が進んでいて対応が速やかにできるだろう」と考えるだろう。

巨人の肩の上に立つ

リスクマネジメントとしては、リスクの低減にかけるコストとのバランスを考えると、妥当な面も否めない。

正直者、不器用なものがバカを見る、といえば同情を買うかもしれないが、ビジネスとはそういうものである。
苦労したから儲けられるとか、評価されるとか、そのようなことはないのである。
儲けられれば、管理部門は(これ以上の)マイナスをうまなければ、勝ちなのである。

先行した対応は、余裕と社会的責任がある大企業に任せ、その他の企業はその後を(地雷原を先行した者に着いていくがごとく)追うことが正解なのである。

さて、ここまでまるで「賢き者」のごとき考えを述べてきたわけであるが、自身はどうかといえば明らかに「愚者」である。
先を見据えた打算的対応を徹底できず、頭も良くないため相応の学習期間を設けなければ理解できないから、日々愚直な情報収集と学習を続けている。

そんな愚かなことを長年繰り返した者なりに得られるものというのもあるので、それを最後に述べたいと思う。

第一に、たとえ初見の法であっても、新しい規律の創設であっても、キャッチアップへのコストは確実に下がる

法においては所詮画期的なものはないため、新たな法の規律に出会っても過去に類似する法の規律が存在する。

例えば電気通信事業法というのも、業法というカテゴリーにおいては他の業法の考え方の融通が効く。
業法に限らないが、法は保護すべき法益(主体)が何であるかは、たとえ枝葉の改正があっても変わることはない。
業法の場合は監督官庁によるアプローチ(許認可の付与、資本規制、技術基準への適合、緊急時報告など監督の手法)の枠組みはほぼ変わらない。
これらのフレームワークさえ理解しておけば、保護法益への関わり方が技術の進歩により増えたことを規制の対象ととして捉えようとしたことであるとか、監督官庁によるアプローチ方法が変わった、と捉えて既存の考えを当てはめればよいのである。
さらに異なる業法であっても、似たような手法を採用したのだと理解することが可能なのである(例えばドローンに対する航空法の規制も、自動車に対する道路交通法の規制の流用であると捉えると理解がしやすいし、次に行われうる規制強化の予測も立てやすい)。

第二に、これは自身の振る舞い次第ではあるけれども、予測や先行した対応を展開し続けることで、関係者の信頼を獲得することができ、長期的な組織の強化により自身の負担を下げることができる。

先のように冷ややかな対応をされることは多いけども、何度も繰り返していると「情報共有ありがとうございます。どのような対応をしていくべきでしょうか」と前向きな反応を得られるようになってくる。

このような状態になれば、組織的な外部環境の変化への対応力を獲得しているのであり、企業自体の体力向上になる。

組織は人であり、長期的な組織の強化は人材の強化とイコールであるため、このような対応をとれるならば、まちがいなく組織にとってプラスになるはずである(そして法務担当者の負荷も下がる)。
※人材の流出による弱体化には弱いというのも、目をそむけられない事実である。

これらを総合して、個人としてのコストパフォーマンス、組織としてのコストパフォーマンスを測ってみるのはどうであろうか。

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