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図らずも小さな子どもを惑わしてしまった罪深い日曜日の記録

6連勤と6連勤の合間の休日だった。

昼に起き出して、貰いもののカンパン(賞味期限切れ)を何粒か口に放り込んで。YouTubeで最近見つけた眉毛の剃り方動画を見ながら鏡の前で悪戦苦闘して、期待以上の仕上がりに満足して。
仕事場で小学生に勧められて借りてきた、『都会のトム&ソーヤ』の1巻をなんとなく読みはじめる。ちらつく主人公のおばあちゃん(たぶんサバイバル系)の存在がすごく気になって、どんどん読み進めていくうちに夕方になっていた。

眉毛を完成させて、マスクを装着。ウサギをひと通り撫でくりまわした後、夫と散歩に出ることにした。
小腹が空いたからソフトクリームが食べたいねなんて言いながら歩き出す。ソフトクリームを買うあてがあるわけではない。お決まりのお散歩ルートがあるわけでもない。曲がり角で適当にじゃんけんをして、曲がる方向を決めた。
夫が勝ったら左、負けたら右、あいこなら直進。

もう秋だというのに、かき氷の看板を2度見つけた。大きな器にふわふわに載った、あのかき氷。今年は食べなかったな。たぶん去年も食べていない。ちょっぴり惹かれたけれどお腹はソフトクリーム。見送ることにした。
いつもは家と駅の往復だけの街。適当なじゃんけんでランダムに迷い込んだ道は、そうでなければきっと足を踏み入れることもなかっただろう。

あてどない街歩きは、すぐ足が疲れる。トイレに行きたい気もしてきた。
ソフトクリームにはなかなか行きつかない。家からは段々遠のいている。

わたしたちはあと5回じゃんけんをしたら、この遊びを終えることに決めた。
ソフトクリーム食べられなかったな。残念がりながら最後の曲がり角を左に折れる。昨日まで存在すら知らなかった小学校の裏手の小道に、家にしてはずいぶん小さくて小屋にしては造りの丈夫な建造物に通りがかった。コインランドリーかな、と覗き込んだらクレープ屋だった。生地の匂いがふんわり漂ってくる。
わたしたちのおやつが決定した。

クレープを1つずつ手にしたわたしたちは、足早にいつもの街に戻る。駅前のベンチに腰掛けて食べようとしたところへ、小さな男の子と目が合った。お母さんとおばあちゃんらしき女性たちが、男の子に温かい眼差しを向けている。
男の子は「あ」と言って、わたしの手のなかのクレープをじっと見た。
お母さんは「だめよ」と言って笑った。わたしたちも思わず笑う。

男の子はクレープから目を逸らすと、お母さんの足にしがみついた。それから頭を埋めるようにしてぐーんと前屈したかと思うと、自分の股の間からこっそりこちらを見ていた。
そしてずいぶん長いこと、そうしていた。

お母さんに「お家で食べようね」と宥められ、買ってきたばかりのお菓子をおばあちゃんに勧められ、それでも男の子は頭をひっくり返したままじーっとしていた。
わたしたちは悪いことをしたような気持ちがして、男の子の視界からクレープを隠すように向きを変えて食べた。

わたしたちが食べ終えたころには、男の子は通常運転に戻ったようだった。おばあちゃんからもらったおやつを嬉しそうに食べていて、わたしたちが立ち去ることには気づかなかった。

男の子はあのとき、どんな気持ちで逆さまの世界を見つめていたのだろう。
目の前でいい大人がおいしそうにクレープを食べているのに自分は食べられない疎外感や理不尽さに絶望したポーズだったのか。あるいはてっきり自分のために用意してくれたと思い込んでいて、お母さんに「だめよ」とたしなめられて急に恥ずかしくなったのかもしれない。穴があったら入りたい心境を、小さな全身で体現しているような気がした。

赤の他人としては、おいしそうなクレープを見せつけて不意打ちをかまし、夕食前におやつを食べさせざるを得ない状況をつくってしまったことに申し訳なさを感じてしまう。
それなのにあの奇妙なポーズを思い出すと、かわいさにうっかりにやけてしまう。
ぼうや、お母さん、おばあちゃん。ごめんね、ありがとう。

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