【資料】中條辰夫「おもちゃの舞台から」『少女』(1920年・冷光童話会)

玩具おもちゃの舞台から
中條辰夫

おゝ可愛いかはいゝ子供さんたち!
たとへばダーリヤのやうな
雛菊のやうな、
また
あゝ食べてしまひたいやうな頬ぺたの
それは
たっとい紙の手触りのやうな
地上の花のあなた方、
おぢゃうさん。
ぼっちゃん。
あなた方の
うるんだ黒耀とかち石のまっ黒い
に見まもられ、
私。
この「一粒の豆」の若者は
軽いヰイオロンのにおくられて、
まっ赤な土耳古(トルコ)帽をひょいとかぶり
黄色い繻子しゅすのピカピカの
ルーバシュカを着て
「あゝ何んといふいゝお天気だらう!」と
ゆたり、のらりと
玩具おもちゃの舞台から出て来ました。
おゝあなた方とごいっしょに
この限りもない人間の
よろこびを
明るい窓から青空へ
白い天井のてっぺんへ
なげつけたではございませんか。
よろこびよ、さいはひよ
よろこびをはねあげる
あなた方
よろこびとさいはひを
なげかける私。
舞台の上の私の
ふるふこゝろにひびくあなた方。
空は晴れ空は明るく
過ぎました。
ほっとして、玩具おもちゃの舞台をおりる私。
(九、一一、七夜)

【編注】「第一回冷光童話会の記」『少女』97号(時事新報社・1920年1月号)。第一回冷光童話会は1920年11月7日、日比谷図書館新館で開かれた。中條辰夫は冷光童話会を主催した3人の幹事のうちの一人。中條は日比谷図書館の職員(児童部)で詩人。「大井冷光氏を憶ふ」『童話研究』第1巻3号(大正11年11月)を参照。

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