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手相鑑定 碌々堂へようこそ①

第一話 いらっしゃい。碌々堂へようこそ。

新月の夜
大通りを一本入った小道に
ゆらゆらと光る明かりが灯る。
光に誘われて近づいてみると
そこには 手相鑑定 碌々堂 と
書かれた立て看板があった。
行燈がともり
和服姿が似合う
やさ男が座っていた。
男の名前は”ろく”と言った。

しばらくすると
汗ばむ季節には
似合わない
長袖のシャツを着た
女性が節目がちで
ろくのところへやってきた。

「あのーここの手相はよく当たるって
 噂で聞いたもんですから
 私のことを見てもらえますか。」

女性が暗い声でそう言うと
ろくは彼女の顔をみて
優しく笑い

「いらっしゃい。
おやおやだいぶん切羽詰まっている
状況のようですね。
お話し聞きしましょう。
先に料金の説明だけさせてくださいね。
初回は1万円。
2回目は5万円
3回目は 10万円
私が鑑定するのは
お一人3回までです。
高いか安いかはあなた次第。
ご納得いただけたら鑑定を始めますが
いかがでしょうか?」

そう言うと
女性は コクっとうなずいた。

「わかりました。
では、おかけください。
まずは両の手ひらを見せてください。
どれどれ、なるほど、
今日の悩みは
お付き合いしている男性の事ですね?
おや。ここ、
恋愛線が切れてしまっていますね。
さぞかし辛い思いをされていますね。
男性があなたを
裏切ったといったところですかね。」

ろくがそう言うと
女性は驚いた顔をして
「えっ!?なぜわかったんですか?」と聞いた。

するとろくは
「そりゃ 手相は全てを教えてくれますから。
では、あなたが幸せな恋愛ができるように
恋愛線をこの手相筆で書き足しましょう。」と
ろくは何やら雅に飾られた筆を出し
女性の手に線を書いた。

女性はくすぐったいのを我慢しながら
「これが噂の筆ですね。
 運を上げる筆だとか・・・
 本当にきくんですよね?
 わたし、あの女には
 絶対彼を取られたくないんです。」

と少し興奮気味に彼女が話し始め
どんどんとボルテージが上がっていき
声も大きくなってきます。

「私は彼のためにこんなに尽くしているのに。
 彼はパチンコで知り合った
 ろくでもないあんな女と
 浮気をしているの!

 あの人は私じゃないとダメなのに。 
 私の大切さに気づいていないのよ。」

ろくは女性の話を聞きながら
「そうですか。
 やはり辛い思いをされているのですね。
 お気持ちお察しします。」

女性の顔は怒りに満ちて
浮気女に罵声の言葉を浴びせている。
「化粧は厚いし タバコくさいし
 品のない喋り方といい 
 とにかく最悪なのよ!」

ろくは笑顔で優しくなだめながら
「大丈夫ですよ。
 今日は運が上がるように
 手相を書きましたから
 すぐに効果が現れますよ。
 もう辛い恋愛はしなくて済みます。

 幸せは掴んだり 
 奪ったりするものではなく
 気付くことですから。
 きっと、またあなたらしい
 笑顔の花を咲かせられますよ。
 では、お会計 1万円です」

女性は愚痴を吐き出せたからか
平静を取り戻し
財布から1万円を出し
「ありがとう。またきます。」と
小さい声でお礼を言って
帰っていきました。

女性を見送りながら
ろくは着物の袖から
するりとタバコを出し
火をつけ
ふーっと大きく煙を吐き出し
月のない空を見上げた。

ろくは必ず
新月の夜にこの場所で
手相鑑定をする。

ろくの持つ筆は
不思議な筆で
さらっと手の上で線を書けば
線が太くなったり
長くなったりして
運が上がると言う。

ただし、
2週間だけ。

2週間の後に
線が消えてしまえば
効果は戻ってしまうらしい。

そして、鑑定する人数は
一日決まって一人だけ。

今宵の鑑定はここまで。

看板に
”今月は終い。
次の新月の晩にお寄りください”と
書かれた札を貼り
愛猫のミャーと
真っ暗な夜道を
とぼとぼと歩き
寝ぐらへと帰っていきました。

1ヶ月のち
次の新月の日。

ろくがいつもの場所で
タバコをプカプカふかしながら
愛猫のミャーと
戯れていると

あの女性がやってきた。

「あのー。
また、手相見てもらえますか?」

ろくは 彼女に気づき
「こんばんは。
また、来てくださったのですね。
2回目の鑑定は5万円です。
よろしいですか?」

女性は明るい声で
「えぇ。わかっています。
 今日はあなたにお礼を言いたくて
 きたのですから。
 それとこれ。」と
彼女はお金の入った封筒と
綺麗に包装された箱をろくに渡した。

ろくは封筒を受け取り
「確かに受け取りました。
 こちらの箱はなんですか?」と
彼女に聞いた。

女性は
「実は私
 あれから新しい彼ができたんです!
 彼はパテシエをしていて
 彼のお店の焼き菓子なの。
 甘いの苦手?」

ろくは甘いものに目がない。
嬉しそうな顔をして
「そりゃいい。遠慮なく頂戴しますよ。」と
お菓子を受け取った。

そして彼女を席に案内し

「では、鑑定しましょう。 
 両の手の平を拝見しますね。
 ウンウン!
 1ヶ月前とは比べものにないくらい
 手相が輝いてる。
 ほらここ!
 手のひらに金粉が出てる。
 運が良くなると
 手がキラキラ光るんですよ。
 いいひとに出会いましたね。
 この彼なら大丈夫。
 あなたを大切に想ってくれる人ですよ。」

ろくがそう言うと
女性は満面の笑みで

「あぁ!よかった。

 実は私、前の彼から暴力を受けていて
 お金をいつもせびられていたの。
 働くこともしないで
 機嫌が悪くなると
 すぐに手をあげてきたの。
 顔はバレるからって
 いつも肩を殴られて・・・」

女性の顔が徐々に歪み
ポロポロと涙を流し始めました。

ろくは着物の袖をまさぐり
路上でもらった
ポケットティッシュを差し出し

「うんうん。
 泣いていいですよ。
 涙はあなたの心を洗い流してくれますから。」
と優しい声で彼女に伝えた。

女性はぐすぐすと鼻をすすりながら
自分のハンカチで涙を抑え

「ありがとう。
 私一人になるのが怖かったの。
 時折見せる 彼の優しさや
 笑顔に救われていたわ。
 彼が離れていくのが耐えられなかったし
 お金を渡せば機嫌が良くなって
 パチンコへ嬉しそうに出かけていったわ。」

ろくは女性の話を聞きながら
「そうですか。
 肩にあるアザは大丈夫ですか?
 前回、汗ばむくらいの気温だったのに
 長袖を着ておられたので
 気になっていましたよ。」

すると、女性は肩を押さえながら
「えぇ、少しづつですが 
 良くなっています。
ありがとう。

話は戻りますけど
そんな苦しくて辛い日々を過ごしていた時
友人からよく当たる占いがあると聞いて
あなたのことを探したの。
正直、疑心暗鬼だったけど
誰かに話を聞いて欲しかったのね。

あなたを見つけ
鑑定を受けたあと
職場のパーティーがあって
すぐに今の彼と出会ったの。

とても感じの良い人で
話し込んでいると
突然、彼は私に
「一目惚れをした!」と言い出し
そこから猛アピールをしてくれたの。
こんなこと人生で初めてだったから
びっくりしたわ。

ちょうど彼が浮気女と出かけていたから
その彼と一度食事に行ったの。
そこで彼がお土産に持ってきてくれた
自分のお店の焼き菓子が本当に美味しくて 
心もお腹も満たされたの。
優しい人だなって惹かれていたわ。」

ろくは時折
相槌をしながら
彼女の話を真剣に聞いている。

「そして、彼に今の彼氏のことを話したら
「そんなやつ許せない!」とすぐに行動して
彼と話をしてくれたの。
そりゃ修羅場だったわ。
でも、結果向こうが折れて
今の彼と付き合うことができたの。」

ろくは頷きながら
「そうですか!そうですか!
 では、線の効き目が現れたのですね。」と
嬉しそうに言った。

女性はうん?といった顔をして
「どう言うことなの?」と
ろくに迫った。

ろくは焦りながら
「いやいや、あなたの手相を見たときに
この彼とは幸せになれないと
一発で見抜きましたよ。
あなた自身が 
寂しさと言う呪縛に
取り憑かれていると思ったことと 
やはり暴力を受けているのではないかと
思いました。

そしてあなたが心から人を愛せるように
新しい出会いが必要だと感じ
恋愛線ではなく 出会い線を書いたのです。」

女性は少し驚いた顔をして
「ふーん。あの時恋愛線って言ってたのにね。
 でも結果オーライね。
 おかげで幸せだし
 今の自分がとても好き。
 本当にありがとう ろくさん」

ろくは照れながら
「いやいや。とにかくめでたしめでたしですね。
 幸せはね気付くことなんです。
 あなたは今のままで十分幸せですからね。
 末長く彼と笑っていてくださいね。」

女性はろくに満面の笑みを見せ
「えぇ!ありがとう。じゃね。」と

素敵な花柄のワンピースを揺らしながら
帰っていきました。

ろくは
着物からタバコを出し
火をつけ
ぷかぷかとふかしながら
闇夜に消えていく
彼女を見送りました。

焼き菓子の箱を
ミャーが欲しそうに
見つめています。

おしまい



ワンポイント手相アドバイス!

素敵な人は手のひらに金粉が出ます。
手汗がキラキラと光っている状態です。
運気が上がると体の状態も良くなり 
心の状態も良くなるので
汗の結晶が美しく輝くのです。

あなたの手はキラキラしていますか?




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