51年目のスタート

お誕生日おめでとう。わたし。

人生軌道修正してから

毎年毎年、誕生日が幸せになっている。

形だけのケーキ。お札のお祝い。

過去に染みついている誕生日の思い出は

マイナスイメージフィルターかかって

今も鮮明に沸き上がるんだけど、

その時の私の感情は思い出せない。


今。

子ども二人が、夕食つくりをスタート。

料理本から選んで、二人で相談して、役割分担して、

作ったことのある料理とない料理にチャレンジ中。

これ、たぶん数年続いているかも。

小学校低学年くらいの時はケーキを作ってもらったことも。

日常では、料理を自らすることはほぼない二人だけど、

意味ある特別は受け入れてくれて

気持ちよく作ってくれる優しい子供たち。


いつもは

『朝ごはんは?』『昼ご飯は?』『夜ご飯は?』を

私と数少ない会話のツールにしている次男。

今日は『夜ご飯は?』のセリフ、お休みだね。


SNSでは、お誕生日公開をやめて、あまりよく知らない人からの

おめでとうメッセージへの返信回避をしているんだけど、

それでも、お祝いメッセージを伝えてくれる友達たち。

今、私が生きていることに感謝。

おめでとうを伝えてくれる友達が生きていることに感謝。

当たり前は当たり前でないと、

気が付いてから、

お誕生日の特別感。

命あることへの感謝。

に加え、

この年で、ようやくようやくこの年で

母に『生んでくれてありがとう』気持ちが

自然に持てるようになったことに、自分でびっくり。

父がなくなって3年目の3回忌の時。

叔母さんが

「あなたが生まれた日も、今日みたいに、

雲ひとつない青空だったのよ」と

いつもの明るい笑顔で

何気なく伝えてくれた日から、

    私は本当に生まれてきたんだ。

 生まれたことに喜んでくれた人がいたんだ。

と、

それまで無意識に

自分の生を自分で認めず否定してきたことに

気がついてしまったと同時に、

自分の生を許せるようになった喜び。


どんな時も、

なめくじになって塩かけられて消えてなくなりたいと思った時もあったけれど、

諦めないできた幸せは

確実に形になっている。

今の幸せが

また先の幸せにつながるから。

未来を諦めない。







サポートいただけたら嬉しいです。今は自立が難しい長男のアート作品を使ったグッズ制作販売やそのためのスキル取得など、彼と共に生きる術に活用します。