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カットイン隊長

昨日の夕方、バスを降りると町を包み込む夕焼けがあんまりにもきれいだったので、思わず「これ、なんて言うの! これをなんて言ったらいいんだろう!」と高揚したわたしに、いつもと変わらず普通のトーンで「夕焼けでしょ?」と夫が言うので、「そうじゃなくて、この美しさをなんて表現したらいいんだろうって意味に決まってるじゃん!」と言って呆れて笑う。

家に近づくに連れて、夫は少し早足になった。部屋に入るや否や、冷蔵庫からビールを取り出し、ベランダに干したままの洗濯物を手際よく取り込み、プシューっと缶ビールのプルタブを開けた。部屋の中はもうずいぶんと暗かったから、当たり前のように部屋の電気をつけた娘に、夫は間髪入れず「まだ電気はつけないで」と言った。娘は素直に電気を消したあと、「クリスマスツリーはいい?」と聞くと、夫は「ツリーのライトはいいねぇ」と満足げにこたえた。

夕焼けがきれいだと思う感性、そのスタートダッシュと、夕焼けを楽しみたいと思うゴールも同じなのに、わたしと夫はアプローチが違う。だからと言って人と合わせないのが夫のいいところで、わたしは彼のそういうところが昔から好きだ。よく言えばブレないし、悪く言えばあまり感じがよくないのだけど、いつでも正直。

夕飯を食べながら、ここのところ考えていたこと、そこから思いついたアイデアなどをバーっと話し出したわたしの話を、娘を膝に乗せて、甘えさせることに夢中で、夫はあんまり話を聞いていないように見えて、なんだか急にムカついてしまい「いつもさぁ、もっとちゃんとわたしの話を聞こうっていう態度が見受けられないんだけど!」と言うと、「みもちゃんが勝手に入り込んできて、いつも勝手にひとりで話を始めちゃうからでしょう?」と、笑われてしまった。「そうだよねぇ?」と夫が娘に聞くと「そうそう」と娘まで同調している。「じゃあいいいよ、話したら?」と夫が言うので「そう? でね、さっきの話の続きなんだけど」と何事もなかったように話し始めると、夫と娘は顔を見合わせてクスクスと笑っている。「え、何かおかしいの?」と聞くと「いやぁ、続けるんだーと思って。この状況で。普通だったらもうちょっと躊躇するっていうか…。ねぇ」と夫、「ねぇ!」と娘。2人はやっぱり同じ意見みたいだ。笑いはクスクスからゲラゲラに変わった。楽しそうに笑う2人を見て、ポカンとしているのはわたしだけだった。

わたしは、自分のことを「カットイン隊長」と人に言う時がある。普段はボーっとしているのだけど、ひとたびやりたいと思ったことを思いついたときは、ナマケモからチーターに変身し、ものすごい速さで走り出してしまう。そのとき相手は何をしていて、とか、ゆっくり返事をまつ、とか、そういうことがとてもとても、とっても難しい。というか、出来ない。世の中の全てがスローモーションに見えてしまう。そんなわたしだから、身近であればあるほど、人を振り回しているのだろう。昨日の2人を見ていて思った。

夫はたぶん、娘がうまれれたことで理解者を得て、たくさん救われているのだろう。そのことに、隊長は昨日はじめて気付いた。でも、これはもう習性みたいなものだから、この先もたぶんカットインをやめられないし、娘よ、夫のためにも産まれてくれてありがとう。ナマケモノとチーターが共存している隊長は、この先も変わらずに進む。ついてきたまえ! 冷静な2人を従えているようで、わたしが1番後ろを歩いているような気がしなくもないのだけれど。


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