まったく私的な音楽の話。

子どもの頃,実家に母親が買ったピアノがあって,姉はピアノを習っていました。母親曰く,僕にもピアノを習わないか聞いたのだが嫌と言ったそう。全く覚えてないけど,その時習っていればまた人生は変わっていたのかな。

一番古い音楽の記憶は,なんと沢田研二さんの「勝手にしやがれ」を唄ってカセットテープに録音していたもの。母親が買った,昭和の歌謡曲全集的なカセットテープ10本組のものがあって,その第10集が沢田研二さん。特にそれを気に入って繰り返し「TOKIO」や,「勝手にしやがれ」,「憎みきれないろくでなし」,など聞いていました。小学生の頃と思われます。

その後はアイドル全盛時代で,あとは渡辺美里さんとかCCBが好きでした。渡辺美里さんは「My Revolution」がヒットしてチャートをにぎわすようになります。当時は作曲家の名前を知らずに聞いていましたが,この曲は小室哲哉さんの出世曲ということを後から知りました。

小室哲哉さん率いるTM NETWORKを知ったのは中学生の頃,姉の影響です。姉と共同出資でレコードを買っていました。「human system」 や「Self Control」は今でも名盤と思っています。ちょうどメディアがレコードからCDに変わる頃。僕が生まれて初めて買ったCDはTM NETWORKの初期のベスト盤「Gift for FANKS」でした。

ともかく小室哲哉さんには憧れました。当時のTVに出てくる音楽シーンで,シンセサイザーをメインにした打ち込み音楽が未来的でとてもかっこよく聞こえた。もう一世代早ければ,YMOをリアルタイムで好きになっていたんでしょうけど,物心ついた頃には“散開”(彼らは“解散”ではなくこの言葉を使った)していたので…。あるいは世代がもう一つ後であれば,中田ヤスタカ氏に憧れたのかなあ。

中学生の終わりにTKプロデュースのYAMAHA EOS B200というシンセサイザーを手に入れ,リズムマシンやモジュール音源を買い足していき,パソコンはNEC PC-9801で,今はなきカモンミュージック社のレコンポーザというシーケンサーソフトを使って打ち込みに励んでいました。

レコンポーザこそ小室さんの転調の秘密があると本人が語っておられましたが,要は簡単にトランスポーズできたので,例えばサビのところを+2度転調してみたら「生理的に気持ちよかった」そう。今はいろんなアーティストで普通に聞けますが,こういう転調を持ってくるようになったのは小室さんが始めたらしい。

いろんな曲をコピーする中で,一つ一つコードネームを覚えていきました。たとえば,Cdimというコードをどう使うのか。それを課題に短いフレーズを作ってみたり,この音をこう重ねたらこう聞こえる,というその作業が当時はただ面白かった。そうして打ち込みしたものを,当時はまだカセットテープに,もう少し後にはMDに入れていました。今はもう残ってないけれど。

時は90年代に入り,小室ファミリーとかビーイング系とか,ともかく「売るための音楽」が世の中を席捲,暴走していきます。CDもミリオンセラーが連発。最初は喜んで聞いていましたが,だんだん飽きてきます。似たようなアーティストが乱立し,コード進行も似たものをいやというほど聞かされましたから。

そのうち,音の重なりの不思議さのほうに関心がむかうようになりました。どうして,こう組み合わせると悲しい感じがするのか。どうしてこうすると穏やかな感じがしたり,不思議な感じがしたりするのか。

誰もが短調か長調か聞き分けられるということは,後天的にこの「感じ」を獲得するんじゃなくて,音の重なり自体に対して人間は生まれつき何かを「感じる能力」があるらしい。ベートヴェンの「運命」を聞いて穏やかな気分になる人はいないだろう(たぶん)。ということは,音の重なりようによっては,今まで自分が感じたことのない感情を感じるのではないか…?

こうして悶々しているところ,1994年,教授こと坂本龍一さんが「Sweet Revenge」というアルバムを発表します。坂本さんのことはそれまで存在はもちろん知っていましたが,「難しそう」としか思っていませんでした。一方,坂本さん自身も「ポップスとは何か?」を考えておられた時期で,このアルバムは坂本さんなりのポップスを考えて作ったものとのこと。その次の「Smoochy」とともに聞きやすい1枚で,ここで坂本龍一さん開眼となりました。
(なお、坂本さん初心者であれば「1996」をお薦めます。ピアノ,ヴァイオリン,チェロの編成で,映画音楽とそうでない曲がほぼ交互に入ったベスト盤です。帯に「一生に一度作るか,というアルバム」みたいなことが書いてあった通りの出来です。)

いやぁかっこいい,教授。何度も聞かされたコード進行とはまったく違う世界がそこには広がっていました。教授のアルバムはもちろん,教授が影響を受けたという,ドビュッシー,ラヴェル,ショパン,サティ,バッハ,ジョビン,もういろいろ聞きました。ものの考え方にもいろいろ影響を受けました。

難しい音楽で,難しいことを言う人と思っていたけど,歌いやすく覚えやすいメロディーがあるかどうかというより,いろんな「音」の組み合わせを研究して「楽」しんでいる人なんだと不遜にも勝手に解釈しました。それが「音楽」なんだなぁ,と。それで洋楽も不協和音がバンバン出てくる音楽も,音楽として聴けるようになった。こんなわけなので,世界にとっての音楽の父はJ. S. Bachでしょうけど,僕にとっての音楽の父は坂本龍一さんw。それくらい音楽の聴き方が変わりました。

その後もいろんなアーティストを知って好きになったりするのですが,やはり外せないのはヴァイオリニストの神尾真由子さん。もう10年以上ファンです。

何を検索していたのかが全く思い出せないのですが,たまたまYouTubeでパガニーニの「カプリース24番」を弾く彼女を見て「一耳惚れ」しました。それまでクラシックのヴァイオリニストってお金持ちの家庭のお上品な世界の人と思っていたところ,まったくイメージを覆してくれる面白いキャラクターで,ヴァイオリン片手に数各語(日・英・独・露)を操り,世界を闊歩する姿がカッコ良くて惚れました。

東は福島,西は大牟田(福岡県)まで,旅行を兼ねて2022年1月現在30公演くらいは聞いています。別に追っかけがしたいわけではなく,彼女の全身を使った全力の演奏を聴くと自分の中の何かが強く満たされるので,ただその刺激が受けたくて。コンサート後のサイン会を結構やっていますが,並んだことはないです(だって本人がサイン会をあまり好きでない,とどこかで言っていたし,神尾さん相手だと,緊張するだろうし…)。

なぜ彼女のヴァイオリンに惹かれるのかと思って,五嶋みどりさんをはじめ庄司紗矢香さんや前橋汀子さんなどいろんなヴァイオリニストのコンサートにも行ってみました。皆さん素晴らしいんです,とくに五嶋みどりさんの演奏は上品かつ静かに心地よく高揚させてくれる演奏で,今も印象に残っています。でも,やっぱり神尾真由子さんという演奏家が好きで,ロシア人ピアニストのミロスラフ・クルティシェフさんと結婚し男の子が生まれた後も,変わらず彼女のファンであります。

次の転機は, 17(通称イチナナ,ほんとはワンセブンライブと呼ばせたいらしい)というアプリをたまたま入れてみたことでした。面白く感じたのは,遠い存在だったはずの「ステージの上の人たち」とアプリを通してリアルタイムでやりとりができてしまうこと。それまでプロの演奏家さんとじかにコミュニケーションをとる機会なんてまぁなかったものですから。

なかでも,神尾真由子さんと同じ,原田幸一郎さん門下のピアニストの丹千尋さんは,坂本龍一さんの楽譜を送ると初見でさらっと弾いてしまわれた。特に「Flower is not a flower」がお気に入りだそう。お昼中心の配信のため,なかなか時間が合わずご無沙汰してしまっていますが…。

ところで,イチナナというのは面白いんですけど,数々のイベントがあり,応援するには課金が必要になります。月に万単位で課金できる人は一介のサラリーマンではそうそういるわけではないでしょう。家庭を持っている人はなおさら。いや,ある程度は課金できるにしても,音楽が好きで聞いているのとは意味合いが違ってきてしまうし,なんだかホストやホステスに入れ込むのと変わらなくなってしまいます。

もちろん必ずしも課金はしなくてもよいのですが,それでも,いろんなイベントは課金をあおってくることになります。いろんな「枠」(イチナナではそれぞれの発信者(=ライバー)の部屋をそう呼ぶ)を巡っていましたが,次第にこの空気感がしんどくなってきます。これはライバーさんのせいではなくて,イチナナも営利企業だしシステム上そうなっているとしか言いようがないですが。

もう一つは「枠」によってある程度常連のメンバーがおられます。それによって居心地も変わったりします。そんなこんなで,いろんな枠をあちこち巡るのをだんだんやめるようになりまして,いつからか僕はフルートの佐々木華さんのところを居場所として選ぶようになりました。意識して選んだというより,人柄も演奏も好きだったので,そしてそこにやってくる人たちも穏やかで,自然と居場所となったんだと思います。

佐々木華さんの最初の印象は配信の中でGと戦っている様子でした^^;  最初にリクエストしたのは,小室さんの「永遠と名付けてデイドリーム」だったかな。その後,TKものは「human system」や「Kimono Beat」もリクエストしました。

教授ものでリクエストしたものでは「The Other Side of Love」は独自のアレンジが加えられていて素敵でした。歌ものは,メロディーをそのままフルートでたどるとカラオケみたいになりますが,やはりジャズにも精通した演奏家さんだけに,美しくインストとしてまとめ上げられているのが素敵でした。圧巻と思ったのは「Tong Poo」のリクエストに応えてもらった時。どう素人目(耳?)に考えても息継ぎが大変だろうと思ったんです。でも,鳥肌ものの見事な演奏でした。

その他,お箏の松浪千紫さんやほかの演奏家の方とのコラボのときのリクエストは渋い曲を選びました。もちろん自分自身も好きなんですけど,聞きに来ているリスナーさん世代に広く知られていて,みんなが楽しめる曲ということで。日野美歌さんの「氷雨」やテレサ・テンさんの「つぐない」,あとゴンチチさんの「放課後の音楽室」などなど。

神尾真由子さんと佐々木華さんはタイプは違うように見えて,僕の中では全身を使っての全霊の演奏というところで共通しています。いや,プロの演奏家さんはみんなそうなのかもしれないけど,全霊感が伝わってくる演奏と言いましょうか。それは好みもあって聞く側の問題でもあるのかもしれないけど,聞く側を高揚させる何かを強く感じます。遠い場所にでも生でそれを受け取りに行きたくなる何かがあります。

初めて佐々木華さんの演奏を直接聞きに行ったのは備中高梁での豪雨災害のチャリティーコンサート。それから何度かイベントが持ち上がるたびに行きたいと思ったのですが,コロナでことごとく潰れました。次に叶ったのは2020年の新大久保での教会カンタータ公演。それから2021年秋には秋田でのコンサートにご招待いただき,同冬には個人主催の高槻公演。とても幸せな高揚感得られる満足感の高いコンサートでした。

佐々木華さんのCDのオリジナル曲も毎回進化していて,とても面白く感じたのですが,文章があまりに長くなったので,また別の機会に書いてみたいと思います。

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