そのパズルは二度と元には戻らない
「瓦解(がかい)」という言葉を知ったのは、とあるニュースを見た時だった。
瓦解とは「一部の瓦 (かわら) のくずれ落ちることが屋根全体に及ぶように、ある一部の乱れ・破れ目が広がって組織全体がこわれること」。
オソロシイ言葉だな、と思って印象に残っていたのだが、これを私は仕事で経験したことがある。
状況を簡潔に述べると、私の所属する部のスタッフが、わずか2か月の間に1/3に減ってしまったのだ。いずれも人間関係を理由とした休職や退職によるものだった。
特に堪えたのが、大黒柱的存在だったリーダーが突然退職してしまったとき。退職する日にはじめてそのニュースを知った私を含むスタッフは愕然とし、みるみる不安の波に飲み込まれた。
なぜならそのリーダーは、複数の大きなプロジェクトを取りまとめており、プロジェクトの進捗をすべてコントロールしていたからだ。
しかも、一切引き継ぎがされることなく退職してしまったので、話がどこまで進んでいるのか、外部の企業とどのような話し合いがされているのか、プロジェクトの全貌はどのようなものなのか、まるでわからなかった。
こともあろうに、そのリーダーは「この時期に退職してすみません」と淡々と挨拶しただけで、各プロジェクトの詳細は一切明かしてくれなかったし、そのあとの連絡さえ取れなくしてしまった。
当然ながら、残ったスタッフは全員血の気が引いた。プロジェクトによってはどこに連絡してよいかさえわからない状態なのに、期限はどんどんせまってくる。
どのプロジェクトも止めることはできなかった。すでに公表していたし、それを止めるリスクは金銭面以外でもあり過ぎた。何より、取りやめは組織としての信頼が根底から崩れることになる。
自分たちが損をして終わるなら迷わずそれを選ぶが、そうではない現実があって、進むしか道はない状態だったのだ。
部署のトップであるマネージャーは体調を崩してしまい、職場には来るものの、見るからに正常な状態ではなく、息をするのが精いっぱいで全く頼りにならなかった。
まぁ当然だろう。マネージャーの部下に対する仕打ちが招いた結果なのだから。詳細は伏せるが、この人のやったことを後から知れば知るほど、自業自得と言わざるを得ないと感じた。
だが、マネージャーにとって、リーダーの退職は予想外のものだった。なぜなら、以前から、マネージャーは「リーダーを辞めさせたくない」と口癖のように言っていて、リーダーが快適に働けるよう環境を整え、退職する可能性をつぶすために、邪魔になる人を自らの手で排除していたからだ。
そのかわいがり方は相当なものだったのだ。
なのに、その手塩にかけた部下が、全仕事を放り出して突然辞めてしまうのだから、飼い犬に手を噛まれるとはこのことか。まるで陳腐なショーを見た気分だが、残念なことにその後始末は残された者がやるわけで。
そのうち、この状況に耐えかねた複数の他スタッフから、退職をほのめかす言葉が出始め、実際に退職する人がかなり出た。でもその人たちを責めることはできない。1年でもっとも忙しい時期にそれが起こり、まったく頼りにならない名ばかりのマネージャーしかいなくて、モチベーションを上げよという方が無理だ。
そしてこの出来事は、思いもよらぬ形でさまざまな方面に悪い影響を及ぼしはじめたのだ。
一連の様子を見て、私は「これは瓦解だ」と思った。ようやく人事による原因追及がはじまった時にはすべて後の祭り。なぜなら、この瓦解を止める手段は無かったから。
いくら原因を探したところで、その崩れたパズルは二度と元には戻らない。なぜなら、パズルを構成する複数のピースはすでに失われてしまっているのだ。
働くとは、時にこのような「理不尽」がやってきて、感情や環境をかき乱されることも含むと私は思っている。
いずれの場合も、あとから事情を知ると起こるべくして起こったと納得するから、順調だと感じる時も私は常に警戒するようになった。
もしかしたら今この瞬間も、理不尽の芽がすくすくと育っているのかもしれない。
まだそれを自分が知らないだけで。