見出し画像

「タンス」もCHEST、「胸」もCHESTなのはナゼ

…………では、ここで問題です。

これからお見せする文は、ある漫画について述べたものですが、その作品名をお答えください。

イタリア語を学んだことのある方は①のイタリア語コースを、スペイン語学習歴のある方は②のスペイン語コースを選択してください。

どちらにも当てはまらない方は、英語コースはないので、③にお進みください。

(文中、▲▲は作品名を、◆◆は作者名を、▽▽と◇◇は登場人物名を伏字にして引用しています)

①イタリア語コース

「▲▲ è un manga spokon di trentuno volumi scritto e disegnato dal mangaka giapponese ◆◆ e ambientato nel mondo della pallacanestro liceale.」

「molti ragazzi hanno infatti iniziato a praticare questo sport dopo aver letto l'opera di ◆◆, grande appassionato di pallacanestro sin da piccolo e che ha dedicato a questo sport altri due suoi lavori」
(いずれもウィキペディアのイタリア語版より引用)

②スペイン語コース

「▲▲ es un manga Shonen del género Spokon escrito e ilustrado por ◆◆. La trama sigue a ▽▽, un estudiante de secundaria que decide practicar baloncesto para conquistar a ◇◇, la chica de que está enamorado.」

「Más tarde, el autor utilizó el baloncesto como tema central en otros dos títulos de manga」
(いずれもウィキペディアのスペイン語版より引用)

③和訳

①と②の文の私訳です。

「▲▲は日本の漫画家◆◆による原作・作画で、高校のパッラカネーストロの世界に設定された、31巻のスポ根漫画である」

「多くの少年たちが現に、◆◆の作品を読んだ後にこのスポーツをし始めた。◆◆は若いころからパッラカネーストロの大の愛好家で、このスポーツに他の2作品を捧げている」

「▲▲は◆◆による原作・作画のスポ根ジャンルの少年漫画である。話の筋は▽▽を追っている。▽▽は、恋しい少女◇◇の心をとらえるためにバロンセストをしようと決心する高校生である」

「後に作者は、他の2つの漫画タイトルにおいてバロンセストを中心的テーマとして用いた」

④答え

SLAM DUNK」です。

◆◆=井上雄彦

▽▽=桜木花道

◇◇=赤木晴子

また、ここで挙げられていた「他の2作品」とは「BUZZER BEATER」と「リアル」です。

3つの作品に登場するスポーツとはもちろんバスケットボールですが、イタリア語ではpallacanestroパッラカネーストロ、スペイン語ではbaloncestoバロンセストと呼ばれていることがお判りになったと思います。

「バスケットボール」をその他の言語では何と呼ぶのか

ドイツ語では名詞は常に大文字始まりなのでBasketballとつづり、発音は[bá[ː]skətbal]となるようです。

ところで「バスケットボール」とは競技名でもあり、また、その用具である球の名称でもあります。

競技名としては常に単数形ですが、球のことなら当然複数形にもなります。

(その場合のつづりはBasketballes、Basketballs、Basketbälleの3種類があります)

一方フランス語での競技名はbasket-ball[baskεtboːl]、あるいは短くしてbasket[baskεt]となります。

我が国でも「バスケット」と5文字に短縮することも多いので違和感は感じませんが、よく考えれば競技名=「籠(かご)」ですから、変と言えば変ですね。

更に「バスケがしたいです」では3文字、別の要素が前に付いて、例えば「(女子バスケットボール部⇒)女バス」では2文字に切り詰められることもあるわけです。

「バスケットボール」という名称がちょっと長いと感じられ、「経済的に」改変してしまうんですね。

フランス語に話を戻しますと、球のことは「ballon de basket(-ball)」、つまり「バスケット(ボール)のボール」と呼びます。

(複数のボールであればballonの方を複数形(sをつける)にします)

basket

バスケットボールが西暦1891年/明治24年にアメリカで考案されたとき、「バスケット」には桃の籠を用いたそうですが、そもそもこのbasketという単語について確認をしておきましょう。

「籠」の意味での定義を英英辞典でちょっと見てみましょう。

「a container made of thin pieces of plastic, wire, or wood woven together, used to carry things or put things in
(プラスティックあるいは針金あるいは木の細い構成要素が編み合わされて作られた容器であり、物を運んだり中に入れたりするのに使われる)」
(ロングマン現代英英辞典)

そう考えると、バスケットボールのbasketは物を運ぶのにも適さないし、中に入れるにも適しません。下が開いていますから容器になりません。

英和辞典に載っている訳語には「ネット」というのもありますが、確かに「網」と呼んだ方が適切かもしれません。

他に「籠」の資格を持つものとしては、気球の下に吊られているgondolaもbasketです。

「Hot Air Balloon Basket and Burner
A hot air balloon gondola is the passenger compartment basket. In addition to passengers and the balloon pilot, it also carries the propane gas cylinders. Relatively unchanged since the 1700s, most hot air balloons use a wicker basket as the gondola.
(熱気球のバスケットと燃焼器
熱級のゴンドラは客室となる籠である。搭乗者と気球の操縦士に加え、ゴンドラはプロパン・ガスの円筒型容器も乗せる。西暦1700年代から比較的変化していないのだが、大部分の熱気球は枝編み細工の籠をゴンドラとして使っている。)」
Frontiers of Flight Museumのサイトより)

色々なものを入れてまとめておける「籠」のイメージから、このような比喩的用法もあります。

「一括,ひとまとめ;グループ,群れ
a basket of currencies
《経済》バスケット方式包括通貨単位(◇欧州通貨単位など)」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

分散投資を勧める格言で「卵は一つの籠に盛るな」というのを聞かれたことがあるかもしれませんが、これの元の英語表現は以下の通りです。

「Don't put all your eggs in one basket.」

「put all your eggs in one basket」は辞書にも載っている定番の慣用表現です。

「to depend for your success on a single person or plan of action:
I'm applying for several jobs because I don't really want to put all my eggs in one basket.
(《定義》成功を1人、あるいは1つの行動計画に依存すること:
《用例》私は一つの籠に自分の卵すべてを置くというのはいやなので、職はいくつか応募しているところだ)」
(Cambridge Dictionary)

イタリア語pallacanestroから

組み立てられ方を確認

この単語は「palla +‎ canestro」というように分解できます。

前半pallaがballを、後半canestroがbasketを意味するので、英語basketballを分解してそれぞれに相当するイタリア語をくっ付けたことになります。

「Il Fanciullo con canestra di frutta è un dipinto a olio su tela realizzato tra il 1593 ed il 1594 dal pittore italiano Caravaggio e conservato nella Galleria Borghese di Roma.
(《果物籠を持つ少年》はキャンバス上に描かれた油彩画であり、イタリアの画家カラヴァッジョにより西暦1593年から1594年の間に描き上げられ、ローマのボルゲーゼ美術館に保管されている)」
(イタリア語版ウィキペディア)

所縁(ゆかり)のある英単語

古代ギリシャ語からラテン語に入ってcanistrumという形になった言葉がイタリア語でcanestroになったのですが、canistrumは他に英語にも流れてきてcanisterになりました。

茶葉やフィルムなど、湿気にさらしたくないものを入れる「小さな缶」のことです。

我が国で使う「茶筒」もtea canisterと言ってよいでしょう。

「Teas are affected by moisture, strong odours, and exposure to the air. A good tea canister can provide strong protection against such threats, so we commissioned tea canister specialist Kaikado to create canisters appropriate for Ippodo teas.
(お茶は湿気、強い香り、空気に触れることで影響を受けます。良い茶筒はそのような問題を惹き起こすものからしっかりと守ってくれます。ですから私共は茶筒の専門店である開化堂に註文して一保堂のお茶に適した茶筒を創っていただきました)」
一保堂茶舗の英語版サイトより)

精巧に出来ているので、蓋(ふた)を載せたら重力のみで滑らかにゆっくりと降りて閉まります。そんな様子が以下の動画に収められています。

『茶筒ができるまで。100年以上使える日本の高級茶筒工房』
https://www.youtube.com/watch?v=5s5uKBNPzjc

その他の種類の容器にもこの言葉は使います。

「a tear-gas canister
催涙ガス弾」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

「乗りものニュース」というサイトの最近の記事にはこういうのがありました。

「艦船や地上に備えられたミサイルの発射台では、ミサイルは個別に箱型または筒のようなものに入っており、カバーを突き破って発射されます。(中略)
カバーを含めた、ミサイルの入っている箱型または筒状の入れ物を「キャニスター」または「ミサイルキャニスター」と呼びます。」
乗りものニュースより)

スペイン語baloncestoから

組み立てられ方を確認

ballを意味するbalónと籠を表すcestoが合成されたものです。

「cesto de (los) papeles
紙くずかご」
(小学館西和中辞典)

所縁のある英単語

古代ギリシャ語からラテン語に入ってcistaという形になった言葉がスペイン語でcestoになったのですが、cistaはゲルマン語の系統にも流れて英語にやってきて、現在はchestという形になっています。

canisterが「小さな缶」だったのに対してこちらは「大型の箱」であり、お茶の話ならば「輸送用包装箱」となります。

「a carpenter's chest
大工の道具箱
a chest of tea
茶箱; ひと箱の茶」
(研究社新英和中辞典)

そして箱型の物である「箪笥(たんす)」のことも指します。

「a chest of drawers
(寝室・化粧室の)整理だんす」(同)

試しに「チェスト」と検索されますと箪笥についてのページがヒットすると思います。

「心臓を入れておく箱」という比喩から「胸」「胸郭」を意味するようになり、これが最もお馴染みの使い方ではないかと思います。

basketballで「チェスト・パス」というのもありますしね。

「raise a hand to one's chest
胸に手を置く《★国旗に対する表敬・忠誠心のしぐさ》
throw [stick] one's chest out
胸を張る 《★自信・自慢のしぐさ》」(同)

ところで

basketballの訳語「籠球(ろうきゅう)」はpallacanestroやbaloncestoと同じように、basketとballそれぞれに対応する日本語をくっ付けて造った言葉です。

西洋生まれのスポーツでballが付くものをどのように訳しているかご覧ください。

baseball:球(やきゅう)
softball:球(るいきゅう)

baseballの方が「塁」球である気がしますが。

handball:球(そうきゅう)
football:球(しゅうきゅう)

英語ではどちらも体の部位(hand・foot)ですが、日本語では動作を表す言葉(送る・蹴る)になっています。

dodgeball:球(ひきゅう)
volleyball:球(ハイキュー!!

こちらの2つは英語も動作を表す言葉です。

dodgeは「さっと避ける」「ひらりと身をかわす」であり、例えばtax dodgerは「税金逃れをする者」の意です。

野球のLos Angeles Dodgersローサンジャラス・ドジャーズの名前の由来はこういうことだそうです。

「The U.S. baseball club the Dodgers, originally based in Brooklyn, N.Y., was so called from 1900, from trolley dodgers, a Manhattanites' nickname for Brooklyn residents, in reference to the streetcar lines that then crisscrossed the borough.
(アメリカの球団ドジャーズは元々はニュー・ヨークのブルックリンを本拠地としていたが、西暦1900年からそのように呼ばれた。当時ブルックリンを縦横に通っていた路面電車にちなんで、マンハッタン側の住民たちがブルックリンの住民につけたあだ名「路面電車をかわす者」に由来する)」
(Online Etymology Dictionary)

volleyは「飛ぶ」という意味のラテン語volareが源ですが、スポーツにおけるvolleyは「んでいる球を(それが地面に着く前に)打つ」ことであり、テニスやサッカーの「ボレー」で知られています。

今、サッカーのアジア・カップがカタールで開催中ですが、代表チームの名波浩コーチが現役時代、西暦2000年/平成12年のレバノン大会で見事なボレー・シュートで得点を決めたことが語り草となっています。

こちらの動画でご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=lLlTYcJsuAw

漢字の「排」は手で「押し退(の)ける」「外に出す」などの意味なので、「飛ぶ」とは言葉としての繋がりはありません。

というわけで、籠球のような英語直訳調の日本語スポーツ名は、この中では「避球」のみとなります。

お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?