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笛の「リコーダー」はなぜ「RECORDァー」なのか

事故が起こった際に重要な証拠を残してくれる「ドライブレコーダー」。

車の内外の状況をrecord、つまり録画/録音する装置であり、例えば「あおり運転」されている映像などが公開されて話題になることもしばしばです。

もっともこれは和製英語だそうで、「dashboard camera」あるいはそれを約めて「dashcam」と言うのが一般的であるようです。その他に「car digital video recorder」「event data recorder」「driving recorder」といった名称も見られます。最後のは「ドライブレコーダー」に近いですね。

record

動詞用法

recordは「re+cord」であり、re-という接頭辞が「back」や「again」などの意味であるのはご存じかと思います。

そして「cord」は「心」のことなので、合わせて「心に呼び戻す」というのが、元々のラテン語におけるこの言葉のココロです。

それが昔のフランス語に入ってから「暗記する」(これも心の作用)となり、更に、昔の英語に入って「繰り返す」となりました。同じことの初めに戻って(back)再び(again)行うのが「繰り返す」ということです。

もっとも「繰り返す」を意味する用法は今では廃れており、現代英語としては「記録/録音/録画する」という訳語を憶えておけば大概乗り切れます。

ただし次のような表現では別の日本語「表示する」の方が良いでしょう。

「The thermometer records 20° in the shade.
温度計は日陰で20度を示している」
(研究社新英和中辞典)

名詞用法

recordはcordの方が主要な要素なのでそちらを強く読むのが当然だと思われ、実際に動詞としてはそうなのですが、名詞用法では接頭辞re-の方に強勢が置かれます。つまり、「コ」ではなく「レ」を強く発音します。

まずは「記録すること」を表します。

「put [place] an event on record
事件を記録にとどめる.」(同)

そしてとどめられた内容としての「記録」「履歴」「成績」もrecordです。

「various records of human life
人生のさまざまの記録.
medical [military] records
病[軍]歴.
have a good [bad] record at school
学業成績がよい[悪い].
beat [break] the record for the marathon
マラソンの記録を破る.」(同)

とどめられた内容である音を封じ込めた物体、「音盤」ももちろん「レコード」です。

「play [put on] a record
レコードをかける.」(同)

(CDではなく、アナログ・レコードのことをその材質からvinylと呼ぶこともあります。日本語で言う「ビニール」を表す単語ですが、英語の発音としては「ヴァイヌル」という感じです)

形容詞用法

憶えておくと意外と役に立つのが形容詞としての使い方です。もちろん「記録的な」の意です。

「The film was released in 《a record number of》 theaters in the US.
アメリカ合衆国では《記録的な数の》劇場で上映された。」
https://context.reverso.net/翻訳/英語-日本語/a+record+number+of
(《 》は引用者が付けました、以降同じ)

「record ▲▲」の▲▲の所に入れる名詞は具体的な数値を表す言葉でもOKです。

「Global trade should hit 《a record $32 trillion》 for 2022(後略).」
UNCTADのサイトより)

「世界貿易は西暦2022年については、32兆ドルという記録的な額に達するはずだ。」

「32兆ドルに達する」と普通に言うだけなら「hit 32 trillion dollars」と無冠詞です。

書き手はこの金額をひとまとまりのものとして、「record記録的な」という評価を下しています。「ひとまとまり」なので「a record 32 trillion dollars」、つまり「複数名詞に不定冠詞aが付く」ということになるのがむしろ自然です。

recorder

そしてrecorderが「記録係」「記録装置」などとなるのは当然のことだとお思いになるでしょう。

カタカナ表記の仕方という観点では、「タイム・レコーダー」や「DVDレコーダー」のような記録装置ではre-を「レ」とするのに対し、笛のrecorderでは「リ」にして「リコーダー」となるのは面白いことです。

(野球のstrikeを「ストライク」とし、労働問題のそれを「ストライキ」と表記するという現象と似ています)

そもそも「記録装置」でもない笛がなぜrecorderなのか?

先程、「繰り返す」という用法は今では廃れていると申しましたが、「繰り返す」から通じて「(曲を)練習する」ことを意味する用法もかつてはあったのです。

つまりrecorderは「それを使って曲を練習するためのもの」という意味合いだったのです。

リコーダーは初心者にとってもとっつきやすい、演奏の簡単な楽器として、学校教育にも取り入れられています。もっとも、何の楽器でもそうでしょうが、その道を究めようと思ったら簡単ではありません。息づかいを間違うと突拍子もない音が出てしまいますしね。

flute

この楽器はrecorderという名前が付く前の時代はfluteと呼ばれていたそうです。

「リコーダーのような構造をもつ管楽器は、古くからヨーロッパ各地で演奏されていた。14世紀末頃には「リコーダー(英: recorder)」という名称も現れているが、バロック期までは一般的にはリコーダーでなくフルートと呼ばれており、現在のフルートの原型である横笛はフラウト・トラヴェルソ(伊: flauto traverso、横向きのフルート)と呼ばれていた。」
ウィキペディア

「フルート」と言えば今では完全に横笛のイメージですが、むしろその名は縦笛を表すのに使われていたわけです。

シャンパンを飲むのに使われる「フルートグラス」というのがあり、以下のリンク先の画像にあるように、縦に長細い形状をしています。
https://en.wiktionary.org/wiki/flute#/media/File:Champagne_Close_Up_(5076905930).jpg

(英語としては「champagne flute」、文脈上明白なら単に「flute」と表されます)

これはどう見ても「横笛的グラス」ではなく「縦笛的グラス」「リコーダー似のグラス」でしょう。現代フルートの一般化よりも前に既にこのグラスはあったので、リコーダーの方をイメージして名前が付けられたと推測されます。

他言語で「リコーダー」は?

他の言語では「record+er」的な作り方の単語ではなく、「フルート」に何らかの言葉を付け加えるといった形でこの縦笛は呼ばれています。

フランス語では「flûte à becフリュタ・ベック」であり、「ベックのある笛」の意です。

「ベック」とは鳥の「嘴(くちばし)」のことで、リコーダーで人が口を付ける部分=「吹き口/唄口」がそれに似た形状をしているためにbecと呼ばれるのでしょう。

ヤマハのサイトに図が載っていますので、ご確認ください。

(尚、becは英語で嘴を意味するbeakビークと同源です)

ドイツ語では「Blockflöteブロックフルーテ」であり、これは「Block+Flöte」に分解できます。後半の要素はもちろん「笛」ですが、前半の「ブロック」とは何でしょうか。

Blockは英語のblockと同じく「塊(かたまり)」を意味しますが、リコーダーの中に塊となっている部品があります。

先程のヤマハのサイトの図に「ブロック」とちゃんと載っています。ベックを構成する要素の1つで、こちらの方のページの写真の中で、ベックの中ほどに色の違う木が使われているのが見て取れますが、それがブロックです。

リコーダーが「簡単」なのはなぜかと言うと…

「フルートのような横笛では、歌口に吹き込む空気の束(エアビーム)を、奏者が自らの口唇によって調節しなければならないが、リコーダーはウインドウェイ(風の通り道)によってエアビームが一定に保たれるので、単に息を吹き込むだけで容易に音を出すことができる。」
ウィキペディア

ベックの中にブロックがあることで「風の通り道」になる細い空間が作られるのであり、このブロックの成形次第で良い楽器・悪い楽器の分かれ道になるのでしょう。

(尚、この部品は英語ではblockの他にfippleフィプルという呼び方もあります)

イタリア語では「flauto dolceフラウト・ドルチェ」、スペイン語では「flauta dulceフラウタ・ドゥルセ」なので、「笛+英語sweetに相当する形容詞」という構成が共通しています。

dolce/dulceはここでは、リコーダーの音色が「柔らかい」という意味合いで使用されていると思います。

興味深いのは、伊flautoも西flautaも語源を同じくする言葉であり、イタリア語とスペイン語が両方ともラテン語の末裔なのにもかかわらず、前者は男性名詞、後者は女性名詞であるということです。

flautaの方はメキシコ(スペイン語が公用語)の料理の名前ともなっています。

トルティーヤを巻いて笛のような形状にしたものであるためにその名が付いたようです。

以下の画像でご確認ください。
https://es.wikipedia.org/wiki/Flauta_(gastronomía)#/media/Archivo:Flautas_guacamole_tortillas.jpg

ところで

先程、「横のフルート」として登場した「flauto traverso」ですが、イタリア語の形容詞traversoに当たる英語の形容詞はtransverseです。

笛について「横吹きの」を意味するのはもちろんですが、より一般的には「横の」「斜めに横切る」といった場合に使えます。

「a transverse break
斜めに入った亀裂
a transverse beam
(建物・船などの)横梁はり」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

transverseを分解するならば「trans」と「verse」となりますが、一方イタリア語traversoでは「tra」と「verso」です。こちらのtraも元のラテン語ではtransでした。

英語において「横」関係の動詞と名詞に使われているのはtraの方、すなわちtraverseです。

(整理すると、形容詞transverse、動詞traverse、名詞traverse)

動詞として「横切る」、名詞として「横断」などを意味します。

「The railroad traverses the Continent from East to West.
その鉄道は北米大陸を東部から西部へと横断している.」
(研究社新英和中辞典)

登山と言えば普通斜面を登っていく、つまり「縦方向」に歩くことをイメージしますが、「横方向」に移動することがあります。登山業界(?)ではカタカナで「トラバース」と表現することが一般的であるようです。

kurashi-no.jpというサイトから引用させていただきます。

「一般的な登山道では、山頂を越えるときや傾斜がきついポイント・尾根道を避けたい場所、岩場などを回避するためにトラバース道として整備されていることがありますが、トラバース道といっても簡単なルートではないことも多いため、必ずしも楽なコースだとは限りません。」

-erを付加してtraverserとすると、例えば鉄道車輛の製造工場や整備工場で車輛を移動させる時、レールに沿って動かすのではなく、それとは90度違った方向、つまり「横」に運ぶことのできる設備を指します。

と、言葉で説明しても分かりにくいと思いますので、下記の動画をご覧ください。

『新型名阪特急「ひのとり」塗装後トラバーサー移動』
https://www.youtube.com/watch?v=Ez1eReDLfmA

お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。

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