見出し画像

八丁味噌とAPPEAL

3月8日に下された、とある判決が報道されました。

「八丁味噌登録巡り再び敗訴 愛知の老舗業者、知財高裁
農林水産省が地理的表示(GI)保護制度に登録した愛知県の豆みそ「八丁味噌」を巡り、発祥地とされる同県岡崎市の老舗業者「まるや八丁味噌」が伝統的手法とは生産方法が異なるとして国に登録取り消しを求めた訴訟の控訴審判決で、知財高裁は8日、訴えを却下した一審東京地裁判決を支持し、まるや八丁味噌側の控訴を棄却した。」
https://www.sankei.com/article/20230308-XSBPFHO2Q5O73NNDUBJHATSY5Q/

この件についての詳しい経緯はこちらをご覧ください。

さて、記事中の「地理的表示」の「GI」とはgeographical indicationsの略です。

「ある商品の品質や評価が、その地理的原産地に由来する場合に、その商品の原産地を特定する表示である。条約や法令により、知的財産権のひとつとして保護される」
ウィキペディア

海外でもそれぞれの国で同様の保護制度があり、例えばヨーロッパ連合諸国には「Appellation d'Origine Protégéeアペラシオン・ドリジヌ・プロテジェ」(仏語)という地理的表示があります。

「appelation呼称」という名詞に対して、「前置詞de+origine原産地」と「protégée保護された」という2つの要素がそれぞれ修飾しており、「保護された《原産地の呼称》」という構造になります。ふつうは簡略化して「保護原産地呼称」と書くようです。

様々な食品が対象ですが、味噌と相性の良い食材、バターもその1つです。

「ÉCHIRÉ MAISON DU BEURREエシレ・メゾン デュ ブール」という店で販売されているバターもこのAOPで保護されていて、ラベルにその旨が記載されています。

以下の画像をご覧ください。
https://www.kataoka.com/echire/maisondubeurre/products/beurres.html#:~:text=Products-,Beurre%20Recharge%2020g,-Demi%2Dsel

円形のラベルの中に緑色で「DEMI-SEL」と書かれた部分がありますが、その左横にAppellation d'Origine Protégéeと印刷されているのがお判りになると思います。

フランス語appeler

基本は「呼ぶ」

appelationは動詞としては「appelerアペレ」となります。

つづりの見た目からお気づきだと思いますが、英語appelと語源的につながりがあります。

appelerはおおよそ「呼ぶ」という意味で使われるので、英語に直す際はappealよりむしろcallにした方が良いようです。

自己紹介の際、英語人なら「My name is ▲▲.」と名乗るところ、仏語人は「Je m'appelle ▲▲.」としますが、直訳すると「私は自らを▲▲と呼びます」ということになります。

「訴える」にもなる

「訴える」も「呼ぶ」の範疇(はんちゅう)に入る行為ではないでしょうか。

「en appeler de ▲▲」という言い方で「▲▲に異議を申し立てる」ことを意味します。

「J'en appelle de sa décision.
私は彼の決定には承服しかねる」
(小学館ロベール仏和大辞典)

冒頭の八丁味噌に関する判決は、今回は高等裁判所への「控訴審」のものでしたが、「控訴する」も異議申し立てに違いありません。

「(en) appeler d'un jugement
判決に対して控訴する」
(小学館プログレッシブ仏和辞典)

また前置詞をdeではなくàにすると、例えば「en appeler à l'opinion publique⇒世論に訴える」などとなります。

この「訴える」系の意味合いは英語appealと共通しますので、そちらの説明に移ります。

英語appeal

「訴える」

「どこに対して訴えを起こすか」を前置詞toの句で表現し、もしも「何の件を訴えるのか」を書きたければ他動詞用法としてそれを直接目的語とします。

「The plaintiffs appealed the case to the Federal Court of Appeal.
(原告達はその事件を連邦控訴院に対して上訴した)」

不服だと感じる判決などはagainstの句にして置きます(自動詞用法)。

「appeal against the sentence [the verdict, the decision]
判決[評決]に不服で控訴する」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

尚、日本語としては「上訴」「上告」「控訴」の違いを知っておく必要があります。

裁判所が出した判決について、それよりも上の裁判所に不服申し立てをすることが「上訴」であり、その下位区分の言葉として、第一審についての上訴が「控訴」、控訴審についての上訴が「上告」です。

野球で判定に不服な時にする抗議もappealです。

「The players appealed to the umpire [against the decision].
プレーヤーたちはアンパイアに[その判定に]アピールした」(同)

「訴え先」がtoで導かれる「アンパイア」であり、againstの句で「不服な決定」を述べているのが、先程の裁判の話と共通しています。

世論その他へ「訴える」ことも、訴え先をtoの句にします。

「I appealed to his sense of justice.
私は彼の正義感に訴えた.」
(研究社ルミナス英和辞典)

「受けがいい」

マーケティングや広告に携わっている方々が使いそうな言葉「訴求力(そきゅうりょく)」。消費者に訴えかけて、その商品・サービスを購入したいという気にさせる力、といったところでしょうか。

これもappealです。

名詞として以下のように使います。

「The plan has little appeal for [to] me.
その計画には少しも気乗りがしない.」
(研究社新英和中辞典)

「Chopin was a genius of universal appeal.
ショパンは万人に訴える魅力を持った天才であった.」
(研究社ルミナス英和辞典)

動詞としては例えばこんな感じです。

「She appeals to young men.
彼女は若い男にうける.
Does this picture appeal to you?
この絵はお気に召しましたか.」
(研究社新英和中辞典)

「The policy appealed to the public.
その政策は大衆に受けた.」
(研究社ルミナス英和辞典)

AOPその他のGIも、商品の品質に関する保証であると消費者は受け取るでしょうから、訴求力をもたらすものであると言えるでしょう。

業者にとって「認定を受ける・受けない」は死活問題となる場合もあるでしょうから必死になるでしょうし、訴訟に至ることも理解できるところです。

おまけ

大豆を仕込む桶に関しては、現在ではステンレスやホーローの桶が八丁味噌生産量のほとんどを占めるのに対して、老舗の2社「まるや八丁味噌」と「カクキュー」では木桶を使い続けています。

同じような話がバターにもあります。

エシレ・メゾン デュ ブールで買い物をすると袋の中に、エシレのバターの特徴などを説明したリーフレットが入っています。

特徴の1つとして、牛乳を攪拌(かくはん)してバターへと練り上げる器械が木製であることが謳(うた)われています。現代ではステンレス製のものが一般的である中、エシレ村では昔ながらの木製を使っていることを誇りとしていて、口当たりの柔らかいバターが出来上がるそうです。

この撹乳(かくにゅう)器について書かれているページは、題字にはフランス語の「Barrates en bois de teck」(チークの木の撹乳器、の意)が使われていますが、本文中は「木製チャーン」という表現になっています。

チャーンはchurnとつづる英語であり、名詞「撹乳器」としてだけでなく、動詞「撹乳器で掻き混ぜる」としても使えるのですが、副詞outと組み合わせた表現を時々目にします。

と言っても、牛乳を攪拌する話がそんなに頻繁に世の中の文章に登場するわけではなく、比喩的に「大量生産する」「粗製濫造する」という意味で用いられるのです。

「churn out movie after movie
(くだらない)映画を次々に出す.」
(研究社新英和中辞典)

「The plant churns out more than half a million cheap watches a month.
(その工場は月50万個を超える安物腕時計を大量生産する)」
(ロングマンビジネス辞典)

お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?