LARGEと「偽りの友」
昨年12月に東京工業大学から発表がありました。
『日本語に強い大規模言語モデル「Swallow」を公開
英語が得意な大規模言語モデルに日本語を教える』
https://www.titech.ac.jp/news/2023/068089
そもそも「大規模言語モデル」とは何か、を説明するのは恐縮ですが私には荷が重いので、野村総研が出している以下の動画をご覧ください。
『大規模言語モデル』
https://www.youtube.com/watch?v=zWFj0rR-gIs
例のChatGPTなども大規模言語モデルですが、
「自然言語処理や人工知能の研究開発の推進、大規模言語モデルのメカニズムの解明、海外依存を理由とした安全保障上のリスク懸念、信頼できる人工知能の実現など、さまざまな動機により日本語に強い大規模言語モデルの開発が進められているが、日本語に強く、オープンかつ高性能な大規模言語モデルは少なかった。」
と、東工大は述べています。
そこで様々な工夫をして日本語に強い大規模言語モデルを作ることが出来たそうです。
「今回のモデル公開によって、高度な日本語処理が求められる日常生活・産業現場のより多くの場面で、対話システムなどのAI技術の利活用を推進できる。」
ところで「大規模言語モデル」は英語で「Large Language Models」になるようです。
そこで今回の投稿ではlargeという言葉について見ていきます。
英語のlarge
お馴染みの意味
元々はラテン語「largus豊富な」から来ていて、フランス語経由で英語に入ってきた言葉です。
日本語の「大」に対応する印象が強い言葉です。
「a large dog
大型犬
on a large scale
大規模に
large talk
大げさな話, 大言壮語」
(研究社新英和中辞典)
また、面積などに関連する場合は「広」の字が登場します。
「a large area [room]
広い地域[部屋]」(同)
更に、数量的な話なら「多」です。
「a large amount of money
多額の金
a large population
多数の人口」(同)
馴染みの薄い意味
largeには「順風の」という、航海用語としての意味があります。
ここからby and largeという熟語が生まれました。
byの方は船の用語としてはどういう意味かと言いますと、帆船ができる限りの角度で風上に向かって進む状態のことです。
さすがに風に完全に正対しては進めませんが、多くの人が何となく「帆で動く船は後ろから風が来ないと進めない」と思っているのに反して、ある程度まで風上へと帆走することができます。
その原理については下記の動画をご覧ください。
『【物理エンジン】ヨットはなぜ向かい風でも進むことが出来るのか?』
https://www.youtube.com/watch?v=rZiqLkEczj8
そんな「逆風」と「順風」という2種類の状況をandで結んで、
「〈帆船が〉風を受けたり受けなかったりで」(同)
が文字通りの意味になります。
「状況に幅がある」様子からの比喩として、「概して」「全般的にみて」を表すことができます。
「By and large this is a correct assessment.
概してこれは正しい評価だ」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
廃れてしまった意味が辛うじて生きている慣用表現
かつてあった「拘置されることからの自由」という意味は単独ではもはや使われませんが、at largeという表現の中に生存が確認されます。
危険人物や、例えば熊などの人に危害を与えた動物が捕まらずに自由な状態にいることを意味します。
「More than 150 people have been arrested in the wake of the death of Olivia Pratt-Korbel, but her killer is still at large, police say.
(オリヴィア・プラット=コーベルの死のすぐ後から150人超が拘束されてきたが実際に彼女を殺した者は依然として捕まっていない、と警察は言う)」
https://metro.co.uk/2022/08/29/liverpool-gangs-arrests-continue-week-after-olivia-pratt-korbels-death-17259111/
拘束されていないという点では、外交使節である「ambassador大使」が「無任所」であることもこの表現を用います。
「[モスクワ 21日 ロイター] - ロシアのロジオン・ミロシニク無任所大使は21日、ロシアはウクライナの現政権と共存できないと述べ、(中略)同氏の現在のポストは、民間人に対するウクライナによる犯罪疑惑の証拠を収集するために設けられた。」
https://jp.reuters.com/world/ukraine/QWVBCMPEHVP3VP36VG5AHEEAUA-2023-11-21/
ambassador-at-large(複数形にする時には語末ではなく、ambassadorにsを付けます)は、一般的な大使が差し向けられた国1か所に常駐するのに対し、隣接する数か国を担当する場合、国際機関に席を持つ場合、何らかの特定の問題を担当する場合に任命されるものだそうです。
この記事の大使の場合は3つめの場合の役割ということになるでしょう。
有名な人物で無任所大使をした実例として、Strobe Talbottストロウブ・タルボットが挙げられます。
西暦1993年/平成5年から翌年にかけて、ソ連崩壊に伴って独立した諸国が受けるその余波を緩和させるという任務を負った無任所大使となり、その後国務副長官に就任しました。
そうした諸国の1つにアルメニアがありますが、パリ出身ながらアルメニア系の人物、シャンソン界の大御所だったCharles Aznavourシャルル・アズナヴールも無任所大使という肩書を持っていました。
「Aznavour proved that he didn’t want to just sing about love but preach it in his personal life, staying connected with his Armenian heritage and providing support to Armenians following the 1988 earthquake through his own charitable organization – and becoming France’s ambassador at large to Armenia.
(アズナヴールは、自分が単に愛について歌うだけでなく個人的な生活の中で愛を世に広めることを望んでいると証明した。アルメニアの文化的伝統と繋がりつづけ、また、西暦1988年の地震の後に自身の慈善団体を通じてアルメニア人へ支援を提供したのだ。そしてフランスからアルメニアへの無任所大使になった)」
https://www.vogue.fr/fashion-culture/fashion-exhibitions/articles/tribute-charles-aznavour-singer-songwriter-actor-activist/69391
(尚、「無任所大臣」の場合はat largeではなく、「minister without portfolio」となります)
フランス語large
英語largeがフランス語を経由して入ってきたことは前述のとおりですが、現代フランス語にもlargeラルジュという単語があります。
しかし、ちょっと使い方が違います。
wideの意味
フランス語のlargeは英語のwideに相当する意味、つまり「横に広い」という意味で使われることが最も多いようです。
「une large rue
広い通り
Ici, le fleuve est large de cent mètres.
ここは川幅が100メートルだ」
(小学館プログレッシブ仏和辞典)
特に次の表現を見ると英語のlargeと違うなあ、と思われるでしょう。
「une table aussi large que longue
縦横の長さが同じテーブル」(同)
largeが「横幅」を、longueロング(longロンの女性形で、英語のlongと同源)が「縦の長さ」を表しています。
もっとも英語同様に「大」を表す使い方をしないわけではありません。
「De très larges fenêtres éclairaient toute la pièce.
非常に大きな窓が部屋全体を明るく照らしていた
un pantalon trop large
だぶだぶのズボン
large pouvoir
大きな権力」(同)
しかし、英語largeに対応するフランス語は一般的にはgrandグロンとなります。
(その他grosグロなどもあり)
「a large house⇒une grande maison
a large number of people⇒un grand nombre de personnes
on a large scale⇒sur une grande échelle」
(Collins French-English Dictionary)
「偽りの友」
このように英語largeと仏語largeは同語源・同綴であるにもかかわらず、守備範囲が異なります。
一方の意味を知っているからといって、他方も分かった気になって訳してしまうと間違ってしまうわけです。
こういう言葉をフランス語で「faux amis du traducteur翻訳者にとっての偽りの友」を短くした形、faux-amiフォザミと呼びます。
見た目で「あ、友達だ。知ってる、知ってる」と判断したら別人だった…みたいなことです。
英語も借用し、直訳してfalse friendという用語になりました。
(fauxとfalseは同源です)
イタリア語largo
イタリア語largoラルゴは英語large、仏語largeと同じく、ラテン語largusを源とする単語です。
仏語と同じくwideの意で使うことが多い言葉です。
「porta molto larga
とても大きい[横幅のある]門」
(小学館伊和中辞典)
仏語largeと同じく「Lサイズ」的な使い方もあります。
「una larga piazza
大きい広場
vestito largo
ゆったりした[だぶだぶの]服」(同)
しかし、これまた仏語同様、「大」はgrandeグランデという単語が担当することが多いようです。
(その他grossoグロッソなどもあり)
「a large house⇒una casa grande」
(Collins)
(余談ですが、かつてWalter Casagrandeヴァルテル・カーザグランジというブラジル人サッカー選手がいました。この姓はそういう意味なのでしょうから「大屋さん」という名字と似ています)
スペイン語largo
フランス語largeとイタリア語largoには「大」の要素もあったので、「偽りの友」である度合いは100%ではなかったのですが、スペイン語largoラルゴは英語largeとまったく異なります。
これは英語のlongに当たる使い方をする単語です。
「Esta falda me queda larga.
このスカートは私には長い
una película de larga duración
長時間の映画」
(小学館西和中辞典)
そして「大」はやはりgrandeグランデで表します。
「He has very large feet.⇒Tiene unos pies muy grandes.
a large number of them⇒un gran número de ellos」
(Collins)
「偽りの友」と「偽りの同語源語」
「偽りの友」の色々な例
「偽りの友」で有名なのは英語deerとドイツ語Tierティーアでしょうか。
前者はもちろん「鹿」ですが、後者は「動物」全般を指す言葉です。
数学の「集合」で使う記号を使って表せばdeer ⊂ Tier(集合deerは集合Tierに含まれる)です。
「der Löwe, der König der Tiere
百獣の王ライオン」
(小学館プログレッシブ独和辞典)
ライオンが「鹿の王」では困りますからね。
また、「英語hound(猟犬)⊂ ドイツ語Hundフント(犬)」という組み合わせもあります。
まあ、動物名は話題にすることはさほど多くないと思いますが、次のような言葉はより頻度が高いと思われます。
英語actual(実際の)≠ フランス語actuelアクチュエル(現在の)
「an actual example
実例」
(研究社新英和中辞典)
「l'actuel Premier ministre
現首相」
(小学館プログレッシブ仏和辞典)
もっとも英語actualにも「現在の」の用法があることはあるのですが。
「the actual state [condition]
現状」
(研究社新英和中辞典)
「偽りの同語源語」
false friendの他にfalse cognate偽りの同語源語というものがあり、しかも2種類に分類されます。
その1:形と意味は「同じ」あるいは「似ている」ものの、実際に語源的つながりは無い
その2:形は「同じ」あるいは「似ている」ものの、意味は異なり、語源的つながりも無い
その1の例として、日本語とトルコ語の単語の類似性が挙げられます。
トルコ語の「iyiイイ」は「いい」という意味であり、「koyuコユ」は「濃い」です。
この2セットにはそれぞれのセットの中で語源的つながりが無いと思いますが、意味は同じです。ただし日本語とトルコ語が同族の言語だと主張されている方もいらっしゃるので、もしかしたら同源の単語セットなのかもしれません。
その2の例として、日本語とスペイン語の単語セットをご紹介します。
日本語「莫迦」とスペイン語「vaca(雌牛、牛肉)」は発音は同じで、カタカナ書きすればどちらも「バカ」です。
(スペイン語ではvのつづりはbの音で発音します)
「バカ」を「馬鹿」の方の表記にすると、「馬」「鹿」「牛」で動物並びになりますが。
西暦1994年/平成6年公開のイギリス映画『Four Weddings and a Funeral』で以下のような話の流れがありました。
男Aの愛する女Bは別の人物と結婚した
⇒男Aは女Cと結婚することを決め、結婚式の日が来た
⇒式の始まる前に女Bが現れ、男Aは彼女が離婚したことを知って激しく動揺した
⇒男Aは一人きりになれる教会内の一室に行って以下の言葉を発した
「Dear Lord, forgive me for what I am about to, ah, say in this magnificent place of worship.
(主よ、この崇高な礼拝の場で私がこれから言わんとしていることについて、私をお許しください)」
その場面が切り取られたページがありましたのでご覧ください。
https://clip.cafe/four-weddings-a-funeral-1994/forgive-me-what-i-am-about-to/t/1/
「~~place of worship」の後に男Aが言った言葉が「バカ、バカ、バカ…」に聞こえませんか。
まるで、今まで原語+字幕で見ていたのにいきなり日本語吹き替え版になった、かのようです。
動揺した男Aが罵(ののし)りの言葉(英語ではswearword)を、例えば「畜生(チキショウ)」と言っていることは話の流れ、彼の表情から判ると思います。
この「バカ」は歴(れっき)とした英語、buggerです。ですから「バカ」ではなく「バガ」であるはずですが、それでも「バカ」に聞こえますよね。
ここでのbuggerは間投詞的な使い方ですが、普通に名詞として用いる場合には「見下げ果てたやつ」とか「ウザイやつ」といった訳語が辞書には載っていて、中には「バカ」と書いてある辞書もありますが、もちろんそれは単なる偶然です。
お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。
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