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行ってらっしゃい、のおまじない

「行ってらっしゃい」

日常の中の何気ない言葉だけど
私はこの言葉がとても好きになった。

きっかけは彼と付き合い始めた頃のこと。
まだその当時は離れた場所で暮らしていた。
平日は多忙を極めていた生活だったので
週末しか一緒に過ごすことができなかった。

彼の家で週末を過ごし
日曜日の夕方に別れる。
駅の改札まで見送ってくれた彼は
「バイバイ」でもなく
「またね」でもなく
「行ってらっしゃい」と言って
手を振って見送ってくれた。

その時は言い間違えかな?と思いながら
特に訂正もせずまたねと言って別れたけど
一緒に暮らし始めて半年が経ち
「行ってらっしゃい」の言葉には
大切な想いが隠れているのかもしれないと
思えるようになった。

彼は同棲を始めた頃から
半年たった今も変わらず
私が先に家を出る日には
必ずお見送りをしてくれる。

どんなに疲れている時も
何か別のことをしている時でも
必ず一緒に玄関を出て
エレベーターのところまで来て
「行ってらっしゃい」と見送ってくれる。

エレベーターの扉が閉まるその瞬間まで
変顔で笑わせようとしてくれる日もあれば
ファイティングポーズで励ましてくれる日もある。
この前はステテコに革靴で慌てて出てきて
変質者みたいだよと声を出して笑った。

家を出て会社に向かうその道中でも
「行ってらっしゃい」の余韻は残っていて
彼の変質者のような格好を思い出して
マスクの下でまたニヤリと笑ったりする。

仕事で疲れて「ただいま」と言って家に帰る。
そうすると、どちらかが先に家にいて
「おかえり」と出迎える。
テーブルの上に美味しい手料理がある日もあれば、
2人ともヘトヘトでコンビニ弁当の日もある。

だけど、帰る場所は同じ。
2人のいる場所が、戻ってくる場所になった。

この日常が私に教えてくれたことは
「行ってらっしゃい」は
今いる場所から旅立つ人に使う言葉だけど
「バイバイ」や「またね」とは
少し違う
特別な意味を持っていること。

「行ってらっしゃい」は
物理的な場所ではなくて
目に見えない場所
心の居場所がどこなのかということに
気付かせてくれる魔法の言葉だと思う。

あなたとは離れてしまうけど
目に見えなくてもここにいるからね
どんなことがあっても
あなたの心が戻ってくる場所は
いつでもここにあるからねと
そんな気持ちで相手を見送る
おまじないのような言葉。

そう考えるようになってから
行ってらっしゃいという言葉を聞くと
温かい気持ちに包まれるようになった。
そして、私自身も行ってらっしゃいと
意識して言葉にするようになった。

あの日改札で見送ってくれた彼は
もしかすると本当に言い間違えただけかもしれない。
だけど、今の私ならニヤリと笑って
「行ってきます」と言って手を振るだろう。

行ってらっしゃい。
行ってきます。

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