見出し画像

ハンブレッダーズ 放課後Jタイム参戦日記✍️(2024/3/24)

「少年漫画の主人公にはなれなかったけど、いまこの瞬間だけは主人公になれます。逃避行!」

2024年3月24日。
“スクールカーストの最底辺から青春を歌いにきた大阪のハンブレッダーズ”が、ついに大阪城ホールを埋めた。


ライブレポ


ハンブレッダーズの歴史の初期からずっと歌い続け、でも声を出せないライブのみ許されていた時期は封印されていた、逃避行から幕を開ける。
ワクワクと同時に、少し張り詰めていた空気が、ふと緩くなる。

「そんな俺の人生を変えたもの、ギター!」
そして2曲目、ギター。ステージから炎が吹き上がる。かつてムツムロさんが「演出で爆破したい」と言っていたのを思い出した。
もうずっと楽しくて、気づけば声をあげて拳を振り上げていた。

その後も
スクールマジシャンガール、ユアペース、才能…”いつもヘッドフォンで聴いている音楽”が、
ハンブレと私たちが愛するライブハウスとさして変わらない、でも何か特別感のある空間で響き渡る。


MCでは
「6,7曲やったけど、ぜんぜん実感がない」
「このまま実感なしに終わるんちゃうか?」
実感のなさを口にしたり、

「桜ぜんぜん咲いてないし。なんか寒いし。」
「これ終わった瞬間に咲くんじゃないですかねえ?」

「俺の母さん、俺が一歳で手のかかる時期にライブに行って、そんな時期に行くもんだから父さんが嫌な顔してたって笑」

そんな、場が和む談笑も繰り広げられ、10,000人を大阪城ホールに集めたとて変わらず、微笑ましい姿を見せてくれる。

そしてそんな中にも、忘れられない光景。
「吉野。いる?お前のせいで俺の人生とんでもないことになってます。お前が始めたハンブレッダーズ、すごいことになってるぞ。」

私(たち)が愛してやまない、かつてハンブレでギターを弾いていた吉野さんに呼びかける。
吉野さんは間違っても不仲とかでハンブレを離れたわけじゃないし、今でも仲良くしてるの知ってたし、なんなら城ホ来ることも知ってた。

ただ。ムツムロさんでらしくん木島さんうきくんが、いまなお吉野さんの存在を大切にしていること、うきくん正式加入後もその事実を隠さないことに心が震える。

今でも思い出す。
吉野さんがハンブレを離れることを知る前も、吉野さんが“スケジュールの都合”でライブキャンセルしたこと、ムツムロさんの声が出なくなったこと。
ただのファンの私だけど、発表後苦しすぎて数ヶ月ハンブレが聴けなかったこと。それでも、その感情すら認めてくれて、満身創痍でも「銀河高速」を私のもとまで届けてくれたこと。続けてくれたこと。
(そして途中のMCで元ベースのまっちゃんにもチラッと触れていて愛しか感じられなかった)

陳腐な言葉でしか言えないけど、いまこの場にハンブレが立っているのは奇跡や運命、偶然だけでは語りきれない、執念や執着でもあるんだろうな、ハンブレと、私の人生の見開きページに載るんだろう、本当に幸せだ。そう思った。


後半のCOLORSでは、MVで画面が縦3分割されているところをなぞるように縦4分割で4人の顔が映る。いま、この瞬間世界一の4人だ。

そして最後「ライブハウスで会おうぜ」ではたくさんのライブハウスの写真が流れてくる。行ったところ、知っているところ、たくさん流れて、あらためて、ハンブレッダーズという、ライブハウスで育てられたバンドのことを想う。

そしてアンコールでは後方のステージに立つ優しさ、気遣い。
武道館の発表。
最後の「これから代表曲になるであろう」グー。
ただただ、ここにいて、ここに来てよかった。

そして最後のうきくんが、本当にいい顔を、晴れやかな顔をしていて、見惚れてしまった。もちろん全員いい顔してたけど、うきくんは格別に見えた。うきくんは、ハンブレに入ってから本当にどんどん顔が明るくなっているな〜


15年。きっと長いようで短い年月。
それでも、バンドを続けるという糸を切らずに、続けてきてくれたこと。本当に、本当に、15周年おめでとう。あなたたちと出会えて本当によかった。


僭越ながら自分語り

5,6年ハンブレをトップギアで追いかけてきて、ハンブレはもちろん私にもたくさん感情や環境の変化があって。でも、追いかけた先に、こんな景色が広がっている。ただただ、幸せだった。

超個人的な話、現在東京在住の私、一時期静岡に住んでいた時期があって。
長期休みは東京に帰省してたんだけど、静岡から東京の距離ですらめちゃ長かったし、途中で静岡から東京に転校したけど、当時静岡の友達と今生の別れくらいのテンションでさよならしていた。

しかしそんな静岡を軽く飛び越えて、自分で稼いだお金でひとりで大阪まで行った。
もちろん大学に入ったことが大きかったけど、音楽以外に東京から出る趣味も理由もない私が、音楽のために東京から飛び出すという事実。笑

ハンブレを知ったころはずっと学校が嫌いで、やっとの思いで抜け出したと思ったら高校にも大学にも友達はほぼいなくて、挙げ句の果てに高校時代友達にも先生にも嫌なこと言われたりして、現実は甘くない。でも、かろうじて一緒にライブに行ってくれる友達で日々を埋めている。

それで本当に幸せ。苦しいことたくさんあったしいまもあるけど、生きててよかったって本気で思う。思わせてくれて、私に生きがいをくれてありがとうハンブレッダーズ。
これからも私の大好きなバンドでいて。
私の誇りは、こんな素敵なバンドを知っていることとこんな素敵なバンドが好きな友達が周りにいることです。

忙しい人向け 私が垂れ流したツイート集(随時更新)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?