梅雨の合間の日曜日

今朝は昨夜とは打って変わって
突き抜けるような青い空と少し湿気を帯びた風がまあ梅雨の合間には違いないけどもう夏感たまらんな今日は外にいるだけでしあわせな空気やんな、という気分にしてくれた、のもつかの間

実家からかなり近いところの駅で「警官刺されて拳銃強奪された」というニュースを見てしまい

ほんまにのんびりした住宅街で、たぶん、あそこの派出所で勤務なさってたら朝の5時など「あー今日は静かな土曜日やったな学生も騒がんかったし」みたいな夜明けだったと思うのですよ。ただただご快復をお祈りしております…。

そしてなんだかなあ、と思ったことが

子どものころから、両親と散歩したり、友だちと人んちになってる夏みかんとったり(あかんけど)、七夕の竹切ったり(絶対あかんけど)、自転車漕ぎながら通ったり、習い事で通ったり、踊りながら歩いたり…わたしにとっては、あの風景の中に刻まれてる数限りない時間。

んで

今も帰るたびに「おかいりやで」と
言ってくれるような(大阪でも北摂やからあっさりはしてはるねんけど)風景。

同じ風景を見た犯人さんの目には絶望の暗い街にしか見えんかったんや

と思うとただただ悲しい。

人生時間を重ねていろんな方と知り合いつなが(SNSが発達したよいところでそのつながりは世界中につながれる)ったことで
行ったことのない高知県や山形県であっても◯◯さんが住んでるよ、☆☆さんの実家なんだよ、という話になれば、そこはわたしにとって「知っている土地」となり思いは広がるのです。

でも犯人さんにとっては縁もゆかりもない場所やから、ただただ絶望を発散させるだけの場所として使われてしもたんか…。
犯人さんの目に絶望の思いとともに我がふるさとが映ったのか

と思うとますます悲しい。

今は

自分が大切に思えるものがたくさんあることにせめてありがと、と呟いとく。

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