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サイエンス?考察?

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#認知科学

心(こころ)とか、メンタライジングとか、進化心理学とか、その辺りの話

※それなりに長いです。8,000文字程度あります。 「心(こころ)」とは何であろうか。 何とも掴み所がないと言うか、俺のような凡人にとっては、どこから掴んで捉えればいいのか悩ましいテーマである。 何故、俺が「心(こころ)」なんてものについて考えているのかと言えば、梟さんが個人で開催されているコンテスト「表現とこころ賞」に文章を応募しようと思ったからである。↓ 応募しようと思ったのは梟さんの下にある記事を読んだからだ。 その梟さんの記事を読んで俺はかなり心を打たれたのだ

「進化心理学」という「どえらい武器」を我々は手にしてしまった 【 これは後出しジャンケンのような強さがある。無双かも。という話】

我々の脳ってものに俺はわりと興味がある。 今までもnoteに脳とかについて(しょ~もないダジャレみたいになってしまった)俺が思うことをつらつらと書いたりもしてきた(「我々の脳は世の中を善悪二元論で捉えてしまいがち」だの、「我々の脳は世の中を物語にしてしまう」だの、「サピエンスの限界」だの)。 でもってそれらは、話題になった本を読んだり、認知科学だのについて聞きかじったことを元に書いていたのだが、なんとここ、このnote内にも脳とかについて(重ね重ねしょ~もないダジャレみたいで

残念ながら我々(の脳)は善悪二元論で世の中を捉えてしまいがちだという話

我々は世の中の様々なことがらについて、善悪二元論のような捉え方をしがちだ。 こっちは正しい、あっちは間違い。 こっちは正義、あっちは悪みたいな。 そりゃ世の中を勧善懲悪ものの物語みたいにぶった切って捉えれば分かり易いし、スッキリする。 ま~、でも、当然のことながら、世の中はそんな単純ではない。実際の世の中は何が正しい側で何が間違っている側なのかは分からんことが多い。それぞれの側に正義があり、それぞれの側に大義名分があるなんてこともよく言われるわけだし。 法により合法か違法かと

俺の脳は間違うということ

物語にしてしまうらしい。 我々の脳の話である。 我々の脳はどうやら物語でものごとを捉えようとするらしい。(その辺りの詳細については千野帽子著『人はなぜ物語を求めるのか』や、山鳥重著『「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学』を読んで頂きたい) 脳が様々なことを物語にしてしまうというのだ。 なるほど、自分自身を振り返ってみてもそうである。 例えば、以下のようなニュースがあったとする。 「とある男性芸能人が障害だか強制わいせつだかの犯罪で逮捕されたらしい。そして、彼はアル