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赤い車

初出:私版百物語 夢ちがえ 第八夜『ペコちゃん夜話~赤い車』

「まぁた、空き室だねぇ、ここ。やっぱりねぇ」
会社の車で通りかかったアパートの前で、ペコちゃんが言いました。
その頃、私は配水管メンテナンス会社の社員で、
ペコちゃんは私の敏腕助手として活躍していました。
「なんだい、おばけでも出るのかい?」何げなく聞いた私にペコちゃんは、
「あっ、まだ話してなかったっけ。私、柏倉さんと組む前にK君と組んでたでしょ?
あのアパートに排水詰まりの修理に呼ばれたことあるんだ。
その時にね、見たんだ。ああいうことって、あるんだね……」


とあるアパートの管理会社から、仕事の依頼がありました。
空き室の下水の流れが悪いので、様子を見に来て欲しいとのこと。
管理会社の人が立ち会いで、現場待ち合わせということになり、
現場近くにいた、K君とペコちゃんのコンビが向かいました。


現場に着いた二人は、二手に分かれました。
まずK君が、排水の流れを確認するための屋外で必要な作業や、
バキューム等、特殊作業が必要になった時のための段取りなど。
そしてペコちゃんは部屋に入り、管理会社の人から、
どの排水(台所、洗面所、風呂、トイレ)がどのように悪いかなどの状況説明を聞く。
そういった作業を始めました。


管理会社の人(以降、Aさん)から説明を聞くペコちゃんなんですが、
さっきから、どうにも気になって仕様が無いことがあるんです。
その時点で二人の他に部屋には誰もいない筈なのに、別にもう一人、若い男性がうろうろしてるんです。

明かに、生きている人間ではないんですね。体が半分、透けて見えるんだもの。


そっちに眼が行っちゃって、気が気じゃないペコちゃんでしたが、
仕事仕事、仕事が先と自分に言い聞かせてました。
この人、誰?なんて、Aさんに聞くわけにもいかないですしね。
その時、K君が部屋の中に入って来ました。
  K君は、何も目に入らないかのように、その若い男性の横を素通りしました。
(あー、わたしにしか見えてないよぉ。どうしよう)
ペコちゃんは心細くなりました。
自分にしか見えてないってことは、その部屋に幽霊と二人っきりでいるのと同じですから。

排水の流れが悪い、その原因は洗面台と風呂の管にあると最終判断をしたK君が、
修理に必要な特殊工具を幾つか取りに、車へ戻りました。
ペコちゃんとしては自分が行きたかったんですけどね。
もう、その部屋から逃げ出したかったんですもの。

K君が出て行って、部屋にはペコちゃんとAさん、
そして、まだうろうろしている半透明の若い男性だけになりました。

すると、Aさんが言いにくそうに、
「あの、気づいてました……よね?
さっきから、気になってるようでしたので……僕にも見えてました」
Aさんにも幽霊が見えていたのです。
ペコちゃんは、ホッとしました。もう幽霊と二人っ切りじゃないですものね。
さらにAさんは、
「あの、さらに怖がらせるみたいで申し訳ないんですけど、
あの男の人の霊だけじゃないんですよね、ここに来てるのは……」

Aさん、昔から《霊が見える》んだそうです。だから嫌だったって。
《霊が見える》のが嫌なんじゃなくて、そのアパートに来るのが嫌だったそうなんです。
もともと、店子が長く居着かないアパートらしく、特にその部屋は、
誰が住んでも、もって三カ月なんだそうです。
その若い男性の幽霊が出没するのが原因なんでしょうね。
Aさんは管理会社に入社して間も無いらしく、
以前その部屋を借りていた人の霊かどうかは解らないとのことでした。
そしてAさんは、その部屋に来るのは2回目で、前に来たときも同じ“男性"と、
もう一つ、《それ》を見たんです

「外を見て下さい。きっと、あるから」Aさんはペコちゃんに言いました。
窓の外にあった《それ》を見て、ペコちゃんはビックリしました。

「何があったと思う? 柏倉さん」
「えっ……何があったの?」
「あのね、半透明の赤いスポーツカーが見えたんだ」
「うそォ! マジで? 車の幽霊かぉ!」
「ウソでないって。管理会社の人が言うにはね、
その車に乗って幽霊がやってくるんだってさ。でさ、少ししてからK君が戻ってきてね、
  K君には見えてないからさ、幽霊の体をくぐり抜けて入ってくるんだもん。
  K君、どうにかなっちゃうんじゃないかと思って、怖かったよ。 あははは!」
「ぎゃはははは! そりゃ怖いわ!」


怖い話をしてた筈なんですけどねぇ。
でも、そのあとでね、ちょっとしんみりしちゃったんです。
その若い男性の霊はその部屋で死んだのか、
それとも、車で事故でも起こして死んじゃったのか、
そんな話をしてたんですが、ペコちゃんの見た限りでは、
その霊は【捜し物】をしていたか【忘れ物】を取りに来たように見えた……って。
不安そうに、心配そうに、うろうろしてたって。
彼は自分が死んだのにも気づいてなくて、心配事をずっと抱えてるのかなって。
「かわいそうだね」って、そう思ったんです


じゃ、今夜はこのへんで。また、お付き合いください。