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眼
僕が中学三年の時に父が死んだのだが、家を残してくれたので、非常に助かった。
その家の事を話そうと思う。
田舎の高台にあって交通の便こそ悪いが、総二階建てで、庭が広い家。しかし戻ろうとは思わない家。
そこで、昔あった話だ。
※
社会人になり、転勤で北海道を離れて二年ほど経った頃、建てられて十年も過ぎない実家の一階部分がリフォームされることとなった。
何が悪かったのか床下が随分と痛んだ風呂に洗面所、トイレ、そして僕が転勤まで住んでいた部屋が対象となった。
この四部屋は、トイレだけがややずれて一直線上にあった。
姉の夫となった人が建具職人だったこともあり、良い設計士さんと大工さんを紹介してもらえた。
その設計士さんが僕の部屋を見回して、母にこう言ったそうだ。
「ここ、ご長男の部屋だったんですよね」
そしてこう続けた。
「ご長男が住まわれるには、ちょっと良くなかったんじゃないかなあ」
リフォームでおまえの部屋を潰すことになるけど……と切り出された母からの電話の中で、大工さんの言葉を聞かされ、それに何か憶えはないかと問われ、思い当たるフシは有り過ぎるくらい有るよと答えた。
※
中学二年になって間もない頃だった。
夜中にふと眼を覚ました。また妙にすっきりと。
春先の夜更けのせいか、部屋の空気が冷たく張り詰めた感じになっていた。
それは、冷蔵庫のドアを開けた時の空気に似ていて、――キィィィィーン――と音がしてくるようだった。
時計を見ると午前二時。
変な時間に眼が覚めたなあ……と思いながら布団に仰向けで寝たまま、天井を見つめていた。
すると天井の右隅あたりがぼわーんと薄明るいことに気付いた。
窓はカーテンを締め切り、部屋は真っ暗になっている。
家は住宅街に建ってはいたが、窓のすぐ傍に車庫を建てられ、道路の向こうにある街灯の明かりさえ差し込まない。
目だけを動かして、薄明るいほうを見てみた。
するとそこに、《眼》があった。
(ああ、鏡に僕の目が映っているんだな)
そう思ったのには訳がある。
三面鏡を前に座り、正面の鏡に自分を映して、左右どちらかの鏡の中の正面の鏡を見ると、こちらを見ていない自分のまなざしが見られる。
あれによく似ていたからだ。
ただし、天井にあるその《眼》は、あくまで《眼》の部分だけだった。
眼は、天井からどこかを見つめている。
(違う。あんな天井に鏡など置いてあるわけがない)
(だいたい、眼鏡も無しで僕にあの距離のものは見えない)
僕は慌てて飛び起きて部屋の明かりを点けた。
《眼》はもう、どこにも見当たらなかった。
とりあえずその夜は枕もとの電灯を点けっぱなしで寝た。
何日かは電灯を点けて寝ていたが、基本的に真っ暗な中でないと寝られない性質だったので、ある夜、試しに真っ暗にして寝てみることにした。
その夜は何も起きなかった。
しかし、長くは続かなかった。
夜更けにふと眼が覚める。妙にすっきりと。
部屋の空気が張り詰めたように冷たく澄んでいる。
すると、どこかに必ず《眼》があった。
《眼》は決してこちらを見てはいないが、どれもがある一点を見つめているように思えた。
その答を見つけたのはまだまだ先の話であり、明るくしていれば見えることのない《眼》であったが、その頃から僕は、自分の部屋で何度も奇妙な体験をすることになる。
つづく