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忘れられた歓楽街の記憶~風営法と標識(愛知県の場合)②


風俗とは? 風俗営業とは? 

前回の記事①では、歓楽街(跡地)に残されているプレートの正式名称は鑑札ではなく標識であり、風営法に基づき使用されていたものであること、また、赤線や青線などを示すものではなく、愛知県では1959年(昭和34年)から使用されたものだということを記した。今回は、まず風俗・風俗営業について用語を整理し理解するところからはじめていきたい。

まずは図書館で手に取った辞書『大辞泉(下)第二版』【1】でこの言葉について調べてみることにした(特に深い意味もなく、たまたま取り出したのがこの辞書であった)。

ふう-ぞく【風俗】
① ある時代やある社会における、生活上の習わしやしきたり。風習。
② 風俗営業のこと。又それに関係する事柄
③ 身振りや態度、身のこなし

ふうぞく-えいぎょう【風俗営業】 
客に遊興・飲食などをさせる営業の総称。待合・料理店・ダンスボール・バー、パチンコ屋など。風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)で規制される。また、多く、同法で「性風俗関連特殊営業と定義される性風俗店も含めていう。

『大辞泉(下)第二版』

昨今では風俗(フーゾク)というと主に性風俗店のことを指し、一般的にもそのように広く理解されているように思われる。風俗とは本来、人々の風習、社会の営みのようなものを表す言葉であるようだが……そのことが今回のテーマであるプレート(以降、標識)と性産業が結び付き、イメージを想起させる理由になっているとも考えられる。


風営法の変遷

風営法の変遷を辿ると、そのはじまりは戦後間もない1948年(昭和23年)7月に制定・公布された「風俗営業取締法」の存在に行きつくことになる。以降、1959年(昭和34年)4月には「風俗営業等取締法」、1984年(昭和59年)8月には「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(現行法)と改正された上でそれぞれ施行、現在に至る。また、これらの法律を総称して風営法(風適法とも)とすることが一般的なようだ。

風俗営業取締法が制定・公布された1948年(昭和23年)はどのような時代だったのか『時事年鑑 昭和25年版附録』【1】で確認した。この年は帝銀事件発生(1月26日)、第二次吉田内閣成立(10月19日)、極東国際軍事裁判被告25名に対し判決宣告(11月12日)、東條英機元首相らA級戦犯死刑執行(12月23日)と……まだ戦後の混乱期、真っ只中である。

同史料では2月27日「料飲禁止四月まで延期(五・五再延長)」とある。1947年(昭和22年)7月1日、政令(通称・ポツダム政令)第118号により「飲食営業禁止措置令」が出されており、当時は厳しい食糧事情から外食券食堂・旅館・喫茶店やその他当局からの承認を得られていない待合、飲食店での料飲は禁止とされていた時期でもある。風営法はこのように自由に外食が出来ない時期に制定されていたものでもあるのだ。

風俗営業取締法が制定された理由について、当時の警察関連の刊行物には次のような記述がある【2】。戦後の混乱期、悪質犯罪の温床となる業態に制限を加えることで当局が犯罪の予防、一定のコントロールを図ろうとしたことが読み取れる。

風俗の紊乱、頽廃は社會風致上悪影響があるばかりでなく、悪質兇悪犯罪の温床ともなるので、風俗犯罪を惹起する虞のある営業を警察取締の對象とすることによつて、犯罪豫防の目的を達しようとすることが風俗営業取締法の根本理由である。

『警察新報 (1);創刊號』【2】

風俗営業取締法(法律第122号)は1948(昭和23年)7月10日に制定・公布、同年9月1日に施行された。法律制定時の首相(第47代)は芦田均であった。

次に、長くなるが「風俗営業取締法」を理解するために、当時の『官報』【3】で交付された条文を下記に転記する。

『官報(号外) 昭和23年年7月10日』【3】
国立国会デジタルコレクションより

法律第百二十二号 
風俗営業取締法

(定義)
第一條 この法律で、風俗営業とは、左の各号の一に該当する営業をいう。
一 待合、料理店、カフエーその他客席で婦女が客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営業
二 キヤバレー、ダンスホールその他設備を設けて客にダンスをさせる営業
三 玉突場、まあじやん屋その他設備を設けて客に射幸心をそそる虞のある遊技をさせる営業

(営業の許可)
第二條 前条の営業を営もうとする者は、当該都道府県が条例で定めるところにより、公安委員会(都道府縣公安委員会、市町村公安委員会及び特別区公安委員会をいう。以下同じ。)の許可を受けなければならない。

2 前項の許可を受けた者は、当該都道府縣が條例で定めるところにより、公安委員会に、必要な届出をしなければならない。

(條例の制定)
第三條 都道府縣は、条例により、風俗営業における営業の場所、営業時間及び営業所の構造設備等について、善良の風俗を害する行爲を防止するために必要な制限を定めることができる。

(行政処分)
第四條 公安委員会は、風俗営業を営む者(以下営業者という。)又はその代理人、使用人その他の従業者が、当該営業に関し、法令又は前條の規定に基く都道府県の條例に違反する行為をした場合において、善良の風俗を害する虞があるときは、営業の許可を取り消し、若しくは営業の停止を命じ、又は善良の風俗を害する行為を防止するために必要な処分をすることができる。

(聴聞)
第五條 公安委員会が、前條の規定により、営業の許可を取り消し、又は営業の停止を命じようとするときは、当該営業者又はその代理人の出頭を求めて、公開による聴聞を行わなければならない。

2 公安委員会は、前條の規定による法令又は條例の違反の行為並びに聴聞の期日及び場所を、期日の一週間前までに、当該営業者に通告し、聴聞の期日及び場所を公示しなければならない。

(立入)
第六條 当該官吏及び吏員は、この法律又はこの法律に基く都道府県の條例の実施について必要があるときは、風俗営業の営業所に立ち入ることができる。

2 前項の規定により立ち入る場合には、当該官吏及び吏員は、その身分を証明する証票を携帯し、関係人の請求があつたときは、これを呈示しなければならない。

(罰則)
第七條 第二條第一項の規定に違反し、又は第四條の規定による公安委員会の処分に違反した者は、これを三箇月以下の懲役又は五千円以下の罰金に処する。

2 第三條の規定に基く都道府県の條例に違反し、又は前條の規定による当該官吏及び吏員の立入を拒み、妨げ、若しくは忌避した者は、これを三千円以下の罰金に処する。

3 第二條第二項の規定に違反して届出をなさず、又は虚偽の届出をした者は、これを千円以下の罰金に処する。

第八條 法人の代表者、法人又は人の代理人、使用人その他の従業者が、法人又は人の営業に関し、前條の違反行爲をしたときは、行為者を罰する外、その法人又は人に対し、同条の罰金廰刑を科する。

附則
1 この法律は、昭和二十三年九月一日から、これを施行する。
2 昭和二十二年十二月三十一日以前において、風俗営業の取締に関する廰府縣令の規定により営業の許可を受けた者が、この法律施行の日まで引き続き風俗営業を営んでいる場合には、その者は第二條の規定による許可を受けた者とみなす。
3 前項に規定する者は、都道府縣が條例で定めるところにより、公安委員会に、必要な届出をしなければならない。
4 前二項に規定する者が、第三條の規定に基く都道府縣の條例の規定に適合しない場合においては、公安委員会は、その者に対し、営業所の構造設備の変更その他の命令をすることができる。この場合において、営業者が当該命令に従わないときは、公安委員会は、営業の許可を取り消し又は営業の停止を命ずることができる。
5 この法律施行の際現に風俗営業を営む者で、第二項に規定する者以外の者は、この法律施行の日から三十日の間は第二條の規定による許可を受けた者とみなす。

内閣総理大臣 芦田 均

『官報(号外) 昭和23年7月10日』【3】

■条文からわかること
第一条ではカバーされる業態についての詳細が示されている(待合、料理店、カフェーなど)。また、第二条以降ではこの法律の施行(申請・許可・取消・罰則など)についてはそれぞれ都道府県(公安委員会)が対応することが示されている。

簡単に言えば、風俗営業とはいってもそれぞれ各地によって事情や風習が異なるから、大きな部分は国の法律で、それ以外の細かいところはそれぞれ各都道府県の条例でよろしく。といったところだろうか。

また、風営法制定以前の営業者については「1947年(昭和22年)12月31日以前において、風俗営業の取締に関する庁府県令の規定により営業の許可を受けた者が、この法律施行の日まで引き続き風俗営業を営んでいる場合には、その者は第二条の規定による許可を受けた者とみなす。」とされている。


愛知県の風営法施行条例

前項のとおり、風俗営業取締法は各都道府県の条例によって施行された。愛知県では、1948年(昭和23年)7月31日に条例第25号「風俗営業取締法施行条例」【4】が公布された。施行条例は法律をベースに作成されているが、各都道府県によって若干の違いがあり、その比較をするのもとても興味深い(次回以降で触れていきたい)。

『愛知縣公報 號外第一二九六 
昭和二十三年七月三十一日』(部分)
 愛知県図書館蔵

そして、この施行条例の中に標識に関する規則がある。前回、そして今回の記事の冒頭で1959年(昭和34年)から使用されたと書いてあったじゃないか? と思われる方もいらっしゃるかもしれない、その部分は次回以降の記事で詳細を示していきたい。


③へ続く(近日公開)

◆愛知県風俗営業取締法施行条例と標識
◆風営法と特飲街(赤線)
◆1959年(昭和34年)以降の改正


■資料
【1】『大辞泉(下)第二版』小学館 ,2012年(平成24年)p.3122、p.3125
【2】『警察新報 (1);創刊號』警察新報社,1948年(昭和23年)
【3】『官報(号外)昭和23年7月10日』大蔵省印刷局,1948年(昭和23年)国立国会図書館デジタルコレクションより
【4】『愛知縣公報 號外第一二九六 昭和二十三年七月三十一日』愛知県
,1948年(昭和23年),愛知県図書館蔵