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3行小説まとめ⑰

第801回

人生には時々、思いがけないことが起こる。たとえば今日みたいに。
ふたりを隔てた長い月日は一瞬で消え去り、あの頃に引き戻されてしまう。
「久しぶり」と言うより先に 「逢いたかった」がこぼれ落ちた。


第802回

市川 心の中に密かに芽生え、誰にも知られないよう育ててきた想い。
市川 キミに拒否されても、誰にも理解されなくても、消えることはない。
大野 うっとおしいほどの愛を受け流し、子猫は主人の強面の顔を見上げた。

第803回

はくはくと息が漏れるばかりの口は、意味のある音を紡がない。
言葉にしたいことはたくさんあった。けれど、声にならなかった。
邪魔者は自分の方だと自覚した私は、立ち去ることしかできなかった。 


第804回

「織姫と彦星は逢えたのかな」とキミがぽつりとつぶやく。
年に一度の約束の夜が過ぎ、恋人たちはまた離れ離れになった。
また来年も逢える彼らと、もう二度と逢わない僕らと、どちらが幸せかな。


第805回

その国に住む人は、誰もが笑顔でした。いつでも笑顔でした。
悲しいことがあっても、ツライことがあっても、微笑みは消えません。
彼らはそうするしかないのです。それしか許されていないのだから。


第806回

「あなたと一緒にいても楽しくない」と彼女は言う。
僕だってそうだ。いつも胸がムズムズして、チクチクして、
モヤモヤして全然楽しくない。なのに、一緒にいたいんだ。


第807回

小さな灯りが遠くに見えた。良かった…と胸をなでおろし、
私はそこを目指して歩く。棒きれのような足を無理やり動かして。
進んでもたどり着かないそこが幻だと、彼はいつ気づくのだろうか。


第808回

いいことがあった日も、イヤなことがあった日も、いつもキミがいる。
それが特別だなんて思ったことはなかった。知らなかったんだ。
キミの存在がこんなに大きなものだったなんて。失くしてしまうまで。


第809回

いち、にぃ、さん、し…何度数えても同じこと。
私とあなたの想い出はもう増えることはないんだね。
「寂しいね」と言った私の声は、あなたに届くことはない。


第810回

雨が降り出す前の、うんざりとするような蒸し暑さ。
心までじっとりと湿気を帯びていくようで不快な気持ちが拭えない。
いっそ降ってしまえばいいのに、空はまだはっきりしないあなたみたいだ。


第811回

もうすぐ朝がくる。太陽が今日を連れてくる。
それは、明るいだろうか。それは、楽しいだろうか。
少しの希望を抱きながら、私は太陽を、新しい今日を待っている。 


第812回

かすかに聞こえた。誰かを呼ぶような、追いすがるような声。
ゆっくりと意識が覚醒していく。呼ばれているのは…私?
気づけばひとり、闇の中。光も色も音も届かない、暗闇の中にいた。


第813回

面と向かっては恥ずかしくて言えないから、心の中でだけつぶやく。
「いつもありがとう」「あなたがいないと寂しい」「大好きよ」
あなたに言わなきゃ意味がないのに。今さら気づいても遅いんだね。


第814回

いつも気になっていた。隣の部屋から聞こえる小さな物音が。
何かを叩くように、コンコンコンとリズミカルに続く音。
なぜか心地いい乾いた音。無人の部屋から響く、この奇妙な音が。


第815回

いけないことだと知っていた。けれど、止められなかった。
自分が悪いこともわかっている。それでも、手放せなかった。
そして今日も、罪深い私は甘い甘いチョコレートに手を伸ばす。


第816回

一瞬、息が止まる。目の前で何が起きているのか、理解できない。
「どうして…?」と問いかける声は震えてかすれている。
悪びれもせずあなたは、呆然とする私を見下ろして嗤った。


第817回

晴れ渡った夏空に歓声が響く。まばゆい太陽も声援を送る。
トランペットマーチに鼓舞される勇者たちは、流れる汗も拭わず、
目指すべき高みだけを見据え、明日を夢見て今日も戦う。


第818回

「緑の匂いが濃いね」と、雨上がりにキミが言う。
いつも同じセリフ。だから、ちょっと笑ってしまう。彼は気づかない。それが遠い想い出なのだということに。


第819回

ほらまた、曖昧に笑う。そんな困った顔をするくらいなら
たったひとこと言えばいいのに。「サヨナラ」と私に。
悪者になりたくないあなたは、その言葉を私に言わせるつもり?


第820回

私に向けるどこまでも優しいまなざし。そこにこもる温かさを
ずっと愛だと思っていた。まぶしそうに少し目を細めてあの子を見る
あなたのその瞳に、焦がれるような熱を見つけてしまうまでは。


第821回

いつだって心は正直だった。言葉には出さなかったけれど。
素直になればいいだけだった。それはとても難しいことだけれど。
しょうがない。もう認めよう。誰よりもあなたが好きだって。


第822回

それは、誰も知らない静かな森の奥にある、らしい。
何者の営みも許さない、絶対的な清らかさが支配する場所。
生もない、死もない。時間もないそこを、人は聖域と呼んだ。 


第823回

陽射しは明るく、空も雲ひとつなく澄み渡っている。
なのに、違和感しかない。美しい目の前の風景は嘘っぱちだ。
私が知ってる世界は、私がいた世界は、いつもくもり空だった。


第824回

誰かの悪意に胸を刺され、夢は一瞬で萎んで消えていく。
前を向きたくても、目を塞がれ、方向感覚を奪われ、道に迷っていく。
それでもキミが「大丈夫」と言ってくれるなら、僕はまだ立ち上がれる。


第825回

陽は登るけれど、すぐに沈んでいく。照らし続けてくれはしない。
だからきっと、あなたが去っていくのも仕方のないことなんだ。
出逢った瞬間から別れは始まっている。そう言ったのは誰だったかな。


第826回

キミが笑ってくれたら、それだけでボクは幸せなんだ。
そう言うと、困ったようにキミは微笑んで、すぐに目を伏せた。
あのときキミは、ボクの言葉が嘘になるって知っていたの?


第827回

何かよくないことが起きた時、あなたは決まってこう言った。
「神様に試されてるなぁ」って、ちょっとうれしそうに。
あなたはその試験に合格したのかな。私は…正しい答えを出せたかな。


第828回

祭り囃子に誘われて、ひょっこり出てきたあの子はだあれ?
こっそりと人の群れに混じって、楽しそうに笑っているあの子はだあれ?
遠い記憶。あの夏祭りの夜に一緒に遊んだあの子は、だあれ?


第829回

まっすぐに私の目を見て話す。そんなあなたが好きだった。
視線をそらして言い訳ばかりを口にする、今のあなたをじっと見る。
そこにはもう、あの頃のあなたはいない。いなくなってしまった。


第830回

ふと立ち止まって振り返る。キミの声が聞こえた気がして。
そんなことあるはずないとわかっているのに、
僕は動けずにいる。陽炎が見せるキミの幻に囚われて。


第831回

ずっと隠れるように生きてきた。なるべく人目に触れないように。
きっと驚かせてしまうから。とても怖がらせてしまうから。
キミだけが恐れずにいてくれた。ボクの隣で笑ってくれたんだ。


第832回

緩やかに過ぎていく時間がもどかしくて、時計の針を進めたくなる。
早くあなたに会いたいのに、あなたはゆっくり来ればいいと言う。
でもね、あなたのいないこの世界はツマラナイから、そろそろ迎えにきて。


第833回

どうしたら追いつけるのだろう。背中を見続けたあなたに。
近づきたくて、けれどいつも届かなくて。焦がれ続けたあなたに。
いつか僕を追い越していくキミに、僕は何を残せるかな。


第834回

過去は変えられない。どんなに悔いても、起こったことを取り消せない。
そう思っていたのに、その人は「消してあげようか?」と言った。
すべてを忘れた彼女は幸せになった…のならいいけどね。


第835回

強い陽射しに煽られて、ガラにもないことをした…と思う。
後悔なんてしていない。でも、顔を合わせるのがちょっと気まずい。
「友だちのままでいましょう」か。今まで通りでいられる自信はないな。


第836回

あれはいつのことだったかな。小さな記憶の箱がそっと開く。
「まるで、僕たちみたいだね」と楽しそうにあなたは笑った。
あなたと観たあの映画を今は違う人と観ている。たぶん、あなたも…。


第837回

ここから道がふたつに分かれる。右と左、どちらかを選ぶ。
あなたが右なら、私は左へ。違う道を行くのだと決めたから。
今まで一緒に歩いてきた道を振り返ったのは、私の方だけだった。


第838回

「上を見ているといいことがたくさんあるよ」といつかあなたは言った。
うつむいてばかりだった私に、世界の広さを教えてくれた人。
そして、初めてのぬくもりを、忘れられない痛みを教えてくれた人だった


第839回

「あなたはだあれ?」きょとんと首を傾げ、つぶらな瞳で僕を見上げる。
「ついてくるかい?」と聞けば、 「もちろん!」 と僕の足にすり寄った。
何もかも失くした僕に、キミは、小さな光をくれたね。


第840回

いつもの席に腰を下ろし、お気に入りのミルクティを頼んでゆったりと
本を開く。控えめなBGMも心地よくて、つい長居をしてしまう。
どれほど時間が経ったのか。長すぎてもう、覚えていないけれど。


第841回

朝が来て、目覚めて、ひとつあくびをして。そんな1日の始まり。
特別なことなんて何もない。代わり映えのしない平凡な時間。
それがずっと続くなんて、どうして信じていられたのかな。


第842回

私の姿は誰にも見えない。だから、いつもひとりぼっちなんだ。
私の声は誰にも聞こえない。だから、話しかけても応えてくれないんだ。
私はユーレイ。校門をくぐった途端、ユーレイになるんだ。


第843回

このままでいいはずがない。そんなこと、わかってる。
勇気をもって前に進むか。諦めて引き返すのか。道はふたつにひとつ。
素直に「好き」って言えたら、ハッピーエンドが待っているのに。


第844回

守れない約束はしないほうがいい。そう言ったのはあなたの方だ。
ひとりにしないと言ったのに。ずっと一緒だと言ったのに。
「嘘つきはキライ」そう言った私の言葉は、もうあなたには届かない。


第845回

雨が上がって、しっとりとした空気の中を何も言わずに歩く。
私も、あなたも。言いたいことはたくさんあるのに、言葉にならない。
触れそうで触れないあなたの手は、冷たいのかな。温かいのかな。


第846回

物語には悪役が必要だ。たとえば、主役を引き立てるために。
たとえば、クライマックスをより感動的に盛り上げるために。
わかっているよ。でも…ねぇ、悪役が恋をしちゃダメなの?


第847回

旅立つあなたを笑って見送りたい。よく晴れたこの空のように。
笑顔の私を覚えていてほしいから。涙で終わりにしたくないから。
あなたの明日に雨が降らないように。そう願って私は前を向いた。


第848回

心の内を悟られたくないから、完璧に隠し通せるように仮面を付けた。
あなたに対する想いも、あの子に向ける感情も、 仕舞い込んで鍵をかけた。
感情を失くした人形を愛してくれる人は、誰もいなかった。


第849回

はじまりは偶然。さほどドラマティックでもない出逢いだったけれど、
恋をするのは必然。あなたのいる毎日は楽しくて、愛おしかったのに、
別れは突然。 取り残された私は、今もまだ、あなたを探している。


第850回

どうしてこんな事になったのか…と、僕は途方に暮れていた。
いつも笑顔をたやさない彼女が、目の前で泣いている。
僕の言葉を聞いてからずっと。「好きだ」って言ってからずっと。

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