3行小説まとめ⑱
第851回「ダイブ」
吹く風の色が変わった。咲く花の香りが変わった。
世界は緩やかに移り変わり、やがて、まったく別の姿を見せる。
ようこそ、新しい世界へ。昨日には戻れない今日へ、ようこそ。
第852回「別れ」
遠くで何かが鳴いた。鳥の声? それとも、誰かの悲しみの声?
それは少しずつ大きくなって、やがて、私の身体を貫く絶叫となった。
物言わぬ彼女を腕に抱き、静まり返った世界に男の慟哭だけが響く。
第853回「海のクジラ」
昔々、クジラは海に住んでいました。そういうと皆、笑います。
「嘘だ。クジラは空を飛ぶ動物だし、汚い海でなんて暮らせないよ」
光を反射してキラキラと輝く青く美しい海はもう、世界のどこにもありません。
第854回「孤独」
「何か言った?」と振り向いてみれば、そこには誰もいなくて。
あぁ、そうだ。ここには私しかいない。ひとりだけだった。
「僕はここにいるよ」と言っても、キミにはもう、届かないんだね。
第855回「イミテーション」
心にもない言葉を口にするのは簡単で、それを嘘とも思っていない。
場の空気に合わせたノリだけの言葉ばかり。けれど、誰も傷つかない。
気づけば、自分の気持ちも意志も失くなった操り人形がそこにいた。
第856回「あの頃ボクは」
ミルクをたっぷり入れたカフェオレが好き。横に添えるチョコは
甘さを押さえたビターがいい。そして、目の前にボクがいればキミはご機嫌。
あれは、遠い遠い日のこと。古ぼけたボクだけが、まだここにいる。
第857回「好きなのは」
「パンがいい」「お米一択」朝ごはんはいつも別メニュー。
「遊びに行こうよ」「ゆっくり休もうよ」お休みの過ごし方もバラバラ。
何もかもが違うのに、「スキ」って気持ちだけは同じなんだね。
第858回「視線の先には」
もう無理だと思った。これ以上、あなたの隣にいることなんて。
その瞳が見つめるのは私じゃない。焦がれるように見つめる先には
あの人がいる。何も知らず、別の男の腕の中にいるあの人が、いるんだ。
第859回「あの日は雨だった」
雨が降ると思い出す。傘もささずに大雨の中でケンカしたこと。
ずぶ濡れになって、ひどい言葉を投げ合って、途中でバカバカしくなって。
ふたりで笑い出したあの日のことを、懐かしく思い出す。
第860回「あしおと」
とことことこ、と小さな足音がついてくる。まだちょっとたどたどしい。
それに合わせてゆっくりと歩けば、足音は何だか楽しげに響く。
「置いてけぼりになんてしないよ」姿の見えないキミにそっと微笑んだ。
第861回「そのとき、音が消えた」
ざわざわと騒がしい街の音が、人の動きが、一瞬、止まった、気がした。
「今…なんて言ったの?」「……もう二度と言わない」
そっぽを向いたキミの耳が赤い。ねぇ、もう一度、聞かせてよ。
第862回「夏色ソーダ」
小さな泡がシュワシュワと、グラスの中で弾けて消える。
ちょっと強めの炭酸は、夏の間ずっとお気に入りだった。
一緒に過ごした時間も、泡のようにシュワシュワと弾けて消えた。
第863回「ナミダノワケ」
何も変わらないと思っていた。あなたがいなくなっても。
いつもと同じだと思っていた。ひとりになったとしても。
おかしいよね。悲しくないのに、涙が止まらないんだ。
第864回「シーズン」
終わっていく季節を惜しむ人はいない。すぐに忘れていく。
だって、新しい季節はもう始まっている。誰もが心を奪われている。
でも、私だけは覚えている。たしかに輝いたあの季節を。
第865回「ある朝 目覚めると」
ある朝目覚めると、私の中からすべての記憶が消えていた。
昨日の出来事も、大切な思い出も、何もない空っぽの私を誰もが憐れんだ。
けれど、私は今が幸せだと感じている。なぜだろう…。
第866回「空が泣いた日」
空が泣いてる。ポツリポツリと細かな雨が降り出した空を見上げ、
あの日、キミは小さくつぶやいた。二度とその瞳に僕を映さず、
サヨナラも残さず消えた。泣き出しそうな空の下、僕はキミを思い出す。
第867回「つよがり」
「きっとキミは大丈夫」だって…と続けようとした僕の言葉を奪い
「だって強い人だもの、ね」と言ってキミは笑った。
その瞳に浮かんだ諦めの色が、あの頃の僕には見えていなかったんだ。
第868回「カフェにて」
店にはタイトルのわからない、でも耳馴染みのいいJazzが流れていて
黙り込むふたりの間を埋めていく。緩やかに、気遣うように。
彼も、彼女も、席を立つ気配はない。今は、まだ…。
第869回「いつか出逢う人」
いつも、夢で逢う人がいる。穏やかな微笑みを浮かべる人。
言葉を発することはないのに、その声が優しいことを私は知っている。
きっといつか出逢える。確信めいた予感だけが、今の私の希望だ。
第870回「サヨナラありがとう」
「サヨナラ」と言いたくなくて、黙って行くことにした。
本当はたくさんの「ありがとう」が言いたかった。無理だけど。
ふらりと出ていったボクのこと、早く忘れてくれるといいな。
第871回「彼のあたまの中」
「何でもないよ」ってすぐ目をそらす。その仕草、あやしい…。
私を見て困ったように曖昧に笑う。その顔、ますますあやしいなぁ。
どうやってキミにプロポーズしようか。僕はずっと考えている。
第872回「ゆめうつつ」
遠くで水の流れる音がする。ここは、一体どこなんだろう。
さっきまで自分がいた場所と、今、自分が立っている風景と
どちらが現実? どちらかが夢? どちらも存在しない世界なのかな?
第873回「今夜も同じ空の下で」
もしもあの時…と僕は今でも悔やんでいる。決断できなかった自分を。
もしもあの時…と私はふと考える。時を経て、今はもう笑い話だ。
今夜も彼は思う。彼女のことを。今夜も彼女は笑う。別の人の隣で。
第874回「ひと夏の恋」
「まだ終わらない、終わりたくない」と夏の残像がまとわりつく。
「しょうがないじゃない。諦めたら?」と諭すようにつぶやいた。
「ひと夏の恋とか、ダサいよね」ほんと、心の底から同意するよ。
第875回「ゆうぞら」
夕陽に染められてゆっくりと色づいていく空が好きだ。
そう言ったのはあの人で、私もそれから夕空が大好きになった。
グレーに曇った空を見上げ、なぜか、そんなことを思い出している。
第876回「キミじゃなければ」
いつもやさしく笑ってくれる。さり気なく寄り添ってくれる。
僕の好きなものを並べて、ずっと僕だけを見つめてくれる。
あふれるほどの愛もすべて、キミじゃなきゃ意味もないのに。
第877回「千年花」
昔むかし、あるところに小さな白い花が咲きました。
いつまでも枯れることのないその花の名を誰も知りません。
千年が経ち、花は一夜にして枯れ果て、世界に夜が訪れました。
第878回「ハッピーカムトゥルー」
びっくりした顔で目をパチパチと瞬かせるキミ。そんなに意外だった?
知っていると思っていたんだけどな、ボクの気持ち。違った?
突然の告白に暴れ出す私の心をさらに揺さぶるように、彼はニコリと笑った。
第879回「ぜんぶ夏のせいだ」
何もかもが夏のせいだ、と思っていた。時々、熱くなる頬も、
ふいにドキドキと鳴りだす胸も、何も考えられなくなる頭も。
なのに、夏が過ぎても変わらない。これって、まさかそういうこと?
第880回「おもかげ」
いつも夢で逢う人がいる。言葉をかわすことはないけれど、
こちらも見て微笑んでいる。手の届く距離にいることはないけれど、
温もりを、勇気をくれる。その人とは、夢の中でしか逢えないけれど。
第881回「スモーキータウンに太陽を」
くもり空の、少しくすんだグレーが街全体を覆い尽くす。
やがてそれは、行き交う人の心を染め、憂鬱に支配されていく。
笑顔が消えた世界で私は待っている。たったひとつの太陽を。
第882回「なみだ」
あなたが静かに泣いている。その意味は何だろうとふと思った。
だって、あなたが決めたこと。だって、あなたが選んだこと。
頷くしかなかった私じゃなく、どうしてあなたが泣いているの?
第883回「気まぐれなキミのこと」
「もう諦めてしまえ」と心の中の誰かがつぶやく。無駄なことだと。
叶うことのない望みを抱き続けるのは愚かだ。わかっている。
気まぐれに愛をねだるキミを抱きしめれば、「にゃあ」と鳴いた。
第884回「キミにはボクがいる」
もし悲しいことがあっても、大丈夫だよ。ボクがそばにいるから。
迷ったり悩んだりするときも、心配いらないよ。ボクが背中を押すから。
心が痛くて泣きたくなったら、我慢しないで。ボクをギュッと抱きしめてよ。
第855回「勇者になりたいボクの進む道」
ある晴れた日、少年は決意を胸に歩き出しました。
大きな危険やたくさんの困難にぶつかっても、怯まず進むのだと。
けれど、進む道は平坦で石ころひとつなく、 胸躍る冒険は始まりません。
第886回「あなたがいない未来」
いつだって励まされていた。あなたの声に、笑顔に。
だから、甘えていた。ずっと一緒にいてくれると思っていたから。
あなたがいない未来で、私は笑っていられるのかな。
第887回「たとえ夢の中でも」
夢を見た。 青空が広がり、ゆるやかな風が小さな花を揺らす。
穏やかな光景の中、キミが微笑んでいる。まっすぐに僕を見つめて。
でも、僕は知っている。キミは僕に微笑んだりしない。たとえ夢の中でも。
第888回「今日でサヨナラ」
振り向いても、そこには何もない。だから、前を向く。
悔やんだって、もう取り戻せない。だから、先へ進む。
サヨナラなんて言わないよ。あなたの後ろ姿に小さくつぶやいた。
第889回「仮面に隠したもの」
まるで目隠しをされていたかのように、何も見えていなかった。
優しさだと思っていたものは偽りで、私からすべてを隠すためだった。
あの人の存在も。 あなたの本心も。私が与えられた役割も。
第890回「今さら、どうして」
手のひらからこぼれ落ちたのは、とても小さなものだった。
けれど僕にとっては、とても大きくてかけがえのないものだった。
と知ったのは、失くしてから。今さら大切だったと、どうして言える?
第891回「楽園」
美しい色が咲くその場所は、ようやくたどり着いた楽園…だと思った。
ずっと探し求め、やっと見つけた、とボクは浮かれていたんだ。
日毎に色彩を失くしていくその場所に、ボクはただの邪魔者だと知る。
第892回「強情なキミを」
「泣いてない」とそっぽを向いたキミの頭をそっと撫でる。
堪えていた雫が頬に落ち、次から次へとこぼれ落ちてくる。
「泣いてないから」と強がるキミを、僕はぎゅっと抱きしめた。
第893回「物語ははじまっている」
あなたはきっと知らない。私が見つめる視線の先に誰がいるのかを。
キミはたぶん知らない。視線にこもる熱に歓喜する僕の心を。
ふたりはまだ知らない。この長い長い物語が、すでに始まっていることを。
第894回「届かない言葉」
スマホに落とした視線を上げることなく、あなたは適当な相槌を打つ。
私の言葉なんて何ひとつ届いていない。だから、あなたは気づかない。
席を立った私に。もう交わることのないふたりの未来に。
第895回「散歩の途中で」
冷たい風が吹いてきて、思わぬ寒さに自分を抱きしめた。
急な変化についていけず、心まできゅーっと縮こまる。
あぁ、そうか。 風のせいじゃない。あなたがいないから寒いんだ。
第896回「この空の何処かで」
この空の何処かで、きっとあなたは見守ってくれている。
だって、約束したから。ずっと見ているよって。忘れないよって。
もう大丈夫だよって笑うあなたがいる。この空の何処かに。
第897回「おかえりとキミが笑った」
疲れ果ててドアを開ければ、そこにキミが立っていた。
「ただいま」と言うと、にっこりとやさしく微笑む。
あぁ、そうか。僕を迎えにきてくれたんだね。ありがとう。
第898回「見上げた空に」
久しぶりの晴れ間。陽の光が私を励ますように降り注ぐ。
大きく伸びをしてみれば、凝り固まっていた身体に血が巡っていく。
もう俯かない。もう泣かない。だから、もう大丈夫だよ。
第899回「その瞳の先には」
キミはいつも遠くを見ていた。懐かしそうに、少し微笑んで。
その瞳の先にあるものに、僕は嫉妬していたのかもしれない。
何を見ていたのか。その答えを知ることは、もう永遠に叶わない。
第900回「Traviling~旅する日々」
ずっと歩いてきた。止まることなく、ただひたすらに。
振り返れば、道はくねくねと曲がり、戻ることはできない。
前を向けば、やはり道は曲がりくねって先は見えない。旅はまだ続く。
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