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3行小説まとめ⑯

第751回

空気に雨の気配がまじる。こんな季節があなたは好きだと言った。
春のイジワルな風も、夏の攻撃的な陽射しも苦手なのだと。
だから、私はこの季節がキライ。あなたを思い出させるこの季節が。


第752回

朝露がポツン、と頭に落ちて目が覚めたら、見知らぬ場所にいた。
困惑と混乱が同時にやってきて、僕は周囲をキョロキョロと見回す。
ここはどこだろう? 小さなダンボールの中で、僕は途方に暮れる。



第753回

「いつかまた」そう言って、別々の道を歩き始めた。
あれから長い月日が経ち、久しぶりの笑顔が目の前にある。
「嘘つきだね」大きく引き伸ばされたその笑顔に、ポツリとこぼした。



第754回

「はじめまして」とキミは言った。「はじめてじゃないよ」とボクは思う。
キミは憶えていないだろう。一緒に遊んだこと。一緒に眠ったこと。
あれは遠い遠い日の出来事。そして、またキミに逢えたね。


第755回

嫌なことがあった日は、ボクを相手にたくさん愚痴を言う。
悲しいことがあった日は、ボクを抱きしめて声も出さずに泣いている。
だから、うれしいことがあった今日は、ボクと一緒に笑おうよ、ね?


第756回

窓を打つ雨音をBGMにして、ひとり、想い出の中を漂う。
いつか「ずっとキミの味方だよ」と言ったあの人は、
今も私を見守ってくれているだろうか。遠い空の下で。


第757回

いつもの帰り道。ふと足元を見れば、小さな花が咲いていた。
見覚えのないその花に、魅入られるように近づき、触れようとした…
瞬間、僕は見知らぬ場所にいた。小さな花が一面に咲くこの場所に。


第758回

よく晴れた日は、一緒に散歩に出かける。手を繋いでのんびりと。
僕の言葉に微笑むキミを見れば、何だか心が浮き立つようだ。
こんな穏やかな日があるなんて、あの頃は思いもしなかったな。


第759回

困ったな。そんなに泣かないでよ。ボクがそばにいるからさ。
ずっと好きだったんだよね。知ってるよ。でも、叶わなかった。
悲しいね。でも、大丈夫だよ。だってボクがいる。いつもボクがいるからね。 


第760回

髪を切った。その理由を失恋だと思うのは昭和の価値観だ。
変わりたかっただけ。昨日とは違う、新しい私になりたかった。
さあ、前だけ見て歩いて行こう。想い出は、もういらない。


第761回

遠くで誰かが呼んでいる。私じゃない誰かを呼んでいる。
その声に応える人はいない。サワサワと風に揺れる葉音が聞こえるだけ。
あれが私を呼ぶ声ならいいのに。躯になってもなお、私は浅ましい。


第762回

うつむいたままこちらを見ようともしない。それってズルいと思う。
言い訳なんて聞きたくないけど、サヨナラはもっと聞きたくないけど。
黙ったままのあなたは、私が去っていくのを待っているんだね。


第763回

彼女が歩けば、その足元に小さな花が咲きます。歌うように軽やかに。
彼女が泣けば、空も泣き出し、悲しい悲しいと雨が降り続きます。
神々に愛される彼女はいつもひとりぼっち。愛を知らない少女でした。


第764回

空を見上げて、ため息。楽しそうなカップルを見て、またため息。
情けないと思いつつ、取り繕うこともできない自分に苦笑いをこぼす。
キミから盛大なダメージを食らった僕のHPはもうゼロだよ。


第765回

朝露が紫陽花の葉をすべり、キラキラと輝きながら落ちるのを見ていた。
雫の中には小さな宇宙があって、きっと私もそこにいるのだろう。
ねぇ、そちらの私は幸せですか? そう問いかけたこちらの私は…。


第766回

遠い遠い昔。それは、まだ空にたくさんの星が瞬いていた頃。
小さな星がひとつ、地上に流れ落ちました。仲間からはぐれたその星は、
もう帰れない夜空を見上げ、きらりきらりと泣くのです。


第767回

いま、心にポッと灯ったあたたかいものを何と呼べばいいんだろう。
うれしいよりもくすぐったくて、私は思わずうつむいてしまう。
誰も教えてくれなかったこの感情を、あなたはどうして私にくれるの?


第768回

 「どこまでも広がる青の向こうには何があるんだろう」
海を眺めながら少年は思います。その答えを誰も知りませんが、
夢とか、希望とか、幸せとか。探しに行った人々の末路は知っています。


第769回

白雪姫には七人の小人がいて、シンデレラには魔法使いがいた。
私には誰もいない。だからきっと、王子様は現れない。
彼女はいつも人まかせ。だからいつまでも、王子様は現れない。


第770回

「どうしたの?」と私をじっと見る人。あなたがそれを言うの?
彼女は知っている。彼が隠す別の人に向ける想いを。
彼は知らない。彼女が彼を、すべてを捨てていく決意をしたことを。


第771回

悲しみにこわばった身体を、やさしくそっと解きほぐしてくれる。
傷ついて砕けそうな心を、守るように励ますように甘やかしてくれる。
あなたがいるから私はまた頑張れる。そう、大好きなスイーツがあれば。


第772回

「またね」そう言って笑ったキミに僕も笑顔を返した。
出逢った瞬間から、いつか来る別れのときに怯えていた僕は、
キミの言葉に励まされる。いつかまた、巡り会う日を待っているよ。


第773回

ケンカの原因は些細なこと。だからもう、お互いに忘れてる。
なのに「ごめんなさい」と言えなくて、空気は気まずいまま。
素直になれない似た者同士。先にしびれを切らすのは、どっち?


第774回

あの人は、私がほしい言葉をくれる。やさしく甘く囁いてくれる。
あの人は、私がほしい温もりをくれる。ぎゅっと抱きしめてくれる。
お金で買った愛だけど、何もないよりはずっとまし。きっと幸せ。


第775回

雨の季節。思いがけない青空に心が浮き立つ。いいことありそう。
彼女はご機嫌。心に降る雨をしばし忘れて小さく微笑んでいた。
明日はまた雨かもしれない。でも、いつかはきっと晴れるよね?


第776回

「それ、聞き飽きた」と呆れたように彼女は言う。
仕事を理由に約束を破った回数は…軽く両手を超えた。
いい加減、愛想を尽かされると怯える僕に、彼女は…。


第777回

いいことも、嫌なことも。うれしいことも、悲しいことも。
いろいろあったね。いっぱい笑って、いっぱい泣いたね。
もう全部、過去のことだけど。彼女は彼の躯を見おろして笑った。


第778回

口で言うのは簡単で、ウソもホントもするりと滑り落ちる。
作り笑顔もたやすくて、心の内を悟らせない自信が私にはある。
なのに、あなたに全部バレてるなんて。私のウソも、私の気持ちも。


第779回

大切なものは、誰にも見つからないように隠しておく。
子供の頃は押し花の栞を。大人になってからは小さなアクセサリーを。
そして今は、あなたを。彼女はうっすらと微笑んで鍵をかけた。


第780回

「どうしたの?」と聞けば、キミは「なんでもない」と答える。
なのに、言ったそばからまたため息。いつもは明るい瞳も曇りがち。
もう一度「どうしたの?」と言いかけて、代わりにキミを抱きしめた。


第781回

ゆっくりと眼をあければ、見慣れない光景が広がる。
「あぁ、これは夢か」と、落胆の声が漏れた。
意識が覚醒していくのを止める術はなく、私は地獄へ戻る。


第782回

「サヨナラ」は言いたくない。だって、言わなければいつかまた会える。
明確なピリオドは打たない。ずっと、曖昧なままでいる。
また笑い合える日まで。そんないつかが来ないことは知っているけれど。


第783回

今日もまた、無意味な一日が始まる。彼は通勤電車の中。
ときどき、何もかも放り出したくなる。 彼はパソコンの前。
いっそこのまま、目覚めなければいいのに。彼は、暗闇に沈む。


第784回

「大丈夫か?」と聞かれて、意味がわからず首を傾げる。
あなたは困ったように視線を外し、小さく「ごめんな」とつぶやいた。
その指を濡らした雫を見て、私は自分が泣いているのだと知った。


第785回

「ようこそ」と、男が微笑んだ。陽の光が一切届かないこの場所で。
ここは、細い路地の突きあたり。振り返っても戻る道はもう見えない。
ニンマリと弧を描く口元が、暗闇でやけにはっきりと焼き付いた。


第786回

物語は、終わりに向かって回り始めた。それを止めることはできない。
長編だからいいわけじゃない。短くともずっと心に残る物語もある。
たとえば、もうすぐエンディングを迎える、目の前の恋のように。


第787回

心が疲れたら休めばいいよ。だって、キミは自由だ。
好きなところへ行って、好きなものを食べて、好きな時間に眠る。
好きなことだけすればいいんだ。だってキミはもう、ひとりなんだから。


第788回

ドアを閉める音が胸に響いて、恋の終わりを私に教える。
ピリオドが打たれた後は、もう新たな物語が紡がれることはない。
そっと目を閉じれば、誰かがパタン、と本を閉じる音がした。


第789回

「生まれ変わったら何になりたい?」あのとき僕は、どう答えたんだろう。
思い出せないけれど、キミの興味を引く答えは返せなかった気がする。
「何に生まれ変わっても、キミと一緒にいたい」そう言えばよかったのかな。


第790回

いつだってそう、何を考えているのか、まるでわからない。
全部、ひょうひょうと受け流して、涼しい顔。それが憎らしい。
まるで、宇宙人を相手にしているみたいだよ。あれ、バレた?


第791回

スコールみたいな雨が降って、ふたりしてびしょ濡れになった。
あなたは私に上着をかぶせて、濡れないようにとかばってくれる。
思わず笑っちゃう。こんな時まで、別れを告げた今ですらやさしいなんて。


第792回

陽射しが強くなって、緑が色濃くなって、僕の心もジリジリと焼ける。
焦げつくような想いは、しびれるほど苦くて、時々ひどく甘い。
これがもし毒ならば、この想いとともに消えてゆくことができるのに。


第793回

「キミには笑顔がよく似合うね」そう言ってあなたは笑った。
「それはこっちのセリフだよ」と、聞こえないよう小さくつぶやけば、
うれしそうに笑みを濃くしたあなたに抱きしめられる。あの日の夢の中。


第794回

「ごめん…本当は好きじゃないんだ」苦しげにこぼれ落ちた言葉。
どうしていまさら? もっと早く言ってくれれば、よかったのに。
こんなにたくさん作ってきちゃったよ…バナナのマフィン。


第795回

キョロキョロと周囲を見回して、パチパチパチとまばたきを繰り返す。
深くて暗い森で僕はひとりぼっち。大きな瞳から涙がポトリと落ちる。
雫は足元で小さな水たまりになって、やがて僕を飲み込んで消えた。


第796回

色とりどりの花が舞い、歓声が飛び交い、パレードが通り過ぎる。
遠くに小さく見えたあの人の笑顔。すぐ近くにあったはずのそれに
もうこの手が届くことはないと目を閉じる。「どうか、幸せに」


第797回

ジリジリと照りつける太陽が、顔を上げろと催促する。
眩しくて目を逸らせば、なお一層、強く照らして私を煽る。
あなたのまなざしに抗いきれず、囚われるのはもう少し先のこと。


第798回

時間はゆっくりと過ぎていく。まるで先に進みたくないとでも言うように。
変わりたくないと思う私は、その緩やかな流れにホッとしてしまう。
あともう少しだけこのままで。何も、気づかないふりをさせて。


第799回

どうしたらこっちを見てくれるのかなって考えてみた。
でも、妙案は浮かばない。そして今日も、あなたは知らん顔だ。
その瞳に映りたい。その手で触れてほしい。小さな花の願いごと。


第800回

本当は何を考えているの? すました顔の裏側で。
本当は誰を想っているの? 決して見せない心の奥底で。
それは、知らなくていいこと。知らずにいれば幸せなのだから。

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