「透明で罪のない圧力」社会

「被害者圧力」みたいな苦しさって、この世界にないですか?

例えば、
凄惨なニュースが流行っていて、わたし自身見ているのが苦しくなって見るのをやめた頃、同じニュースを見て精神薄弱になって寝込んでいる人がいる、とか。

例えば、
学校や会社でつらいことがあった時、つらいことがあった別の子は精神を病んで登校拒否・休職している、とか。

ちょうど、
大きな事故で片腕を骨折したけれど、同じ事故でもっと重い傷を背負った人がいたら「腕が痛いです」って言いづらい、みたいな。


被害を背負った人が近くにいると、どうしても言葉を発しづらい。
精神的な不調があっても、それが身体の不調(目に見える形)として表れていないと、言葉を発しづらい。
だって、「この程度」って自分で判断してしまうから。

「あなたの『辛い』は、あなたにしかわからないから、声を上げていいんだよ」
あ、言われそう。

「他人の不幸話は大体大きく聞こえるものだよ。」
そういうものかしら。

そうね、確かに、他人の苦しさはその人にしかわからないし、私の苦しさも私にしかわからない。
でも私に一番「お前の不幸なんてその程度だろ」って言われるのも事実なんだよ、とも思う。

ちょっと前に流行った、HSPって言葉がすごく嫌いだった。(本当に悩んでいる人はごめんなさい)
いくつかの簡単なチェック項目で、セルフチェックをすると、「傷つきやすいんです!配慮してください!」って大きな声で騒いでもよい権利、みたいな感覚。

辛い人とか、苦しい人がいることを否定したいわけではない。それだけは絶対に違う。
でも、そういう種類のパワー(さっき書いたみたいな)を、受け取ってしまう人や、状況も、ある。それだけ。
……私が卑屈なだけかな。

皆が「ハッピーだな」って思える世界になればいいのに、って心から思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?