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Cosmic Profit - 自分がやりたいことを自分のためにシンプルにやり続けて、結果として、それが誰かのためになるような働き方


働きかたというものについて考えている。

自分自身は長くてもあと10年くらいのことだから、それほど迷いがあるわけじゃないけれど、最近立て続けに今の仕事を辞めて独立しますという人に会うことがあって、そういえば何年かまえとくらべるとなんとなくそういう人が多くなったなあと思ったからだ。

もちろんそれがたとえ見通しの甘い妄想の産物であったとしても、勇気を持って何か新しいことを始めるのはとても素敵なことだし、そういうチャレンジャブルな試みを無謀と決めつけるほど狭量なわけじゃない。むしろ、すこしだけ長く生きている人間として、なにかしら伝えられることがあればいいなあと思っているくらいだけれど、なんとなくそういう彼や彼女たちが身体から発する気配がよく似ているような気がしてしかたがない。

ひょっとしたら、「仕事」とか「働き方(=労働)」ということにたいする考え方に、いわば21世紀的とでもいえるような静かな変動が、少しずつ起こり始めているのかもしれない。

そんなことを考えながらこの本を手に取った。

□ 就職しないで生きるには | レイモンド・マンゴー | 晶文社 | 1981

Raymond Mungo: "Cosmic Profit: How to Make Money Without Doing Time" (Atlantic Little Brown, Boston, 1980)

その「変動」のことを考え始めたときに、この本の原題である「COSMIC PROFIT(根源的利益)」という言葉が、なんとなく浮かんできたからだ。

もちろん初読ではない。

この本を端緒として、この本のタイトルをそのままシリーズ名に使った叢書が晶文社から続々と発行されたのを覚えているから、おそらくリアルタイムで読んでいるはずだし、最近になっても、ブックディレクターと称する人たちがあちこちのメディアでこの本を推奨本としてあげていたり、雑誌で特集されたりしているからじゃないかと思うけど、ぼくがケアしている本棚に置くと必ず売れるロングセラーだったりもするので、もう何冊も買っている。

この叢書が、最近になって「就職しないで生きるには21」として、やはり晶文社から復刊されたのも、そんな動きを感じているのがぼくだけじゃないっていうことを現しているようだ。

レイモンド・マンゴーは、ヒッピーだ。
60年代に大学をドロップアウトしてベトナム反戦運動に参加し、コミューンに住んで仲間と農業に従事した経験を持っているというから、筋金入りといってもいいかもしれない。

こんな風に書いている。

「わたしがまだ20代で、1960年代を炎のようにすごし、明日なんてないという気になっていたころ、仕事というのは憎悪すべき単語だった。わたしは終日遊びまわり、自由を求めて暮らしたがっていた」

「あのころは“解放”を信じていた。“解放”がわたしたちに共通で、最高に美しいことばだった」

「ドルやセントでできた価値がどれほどでも、もし自由でなければ、価値がない」

ぼく自身はヒッピー世代ではないけど、この気分はすごくよくわかる。
たとえば「69」という村上龍の小説の、あの気分だ。

この本で彼が書いているのは、働かず、収入もなく、ただ「解放」だけを叫んでいたそのヒッピーたちが、"Don't trust over thirty"と蔑んだ30代に自らがなって、どんな風に社会に、つまり仕事や生活に向かっていったかということの、自分自身を含めたフィールドワークである。

たとえばマンゴー自身はシアトルで「モンタナ・ブックス」という書店/出版社を始め、朗読会を開き、物書きをやり、非営利団体をつくり、物書きのレクチャーなどをやりながら、現実のアメリカ社会に直面する。またある者は自然なサンダル(ビルケンシュトック)をつくり、またある者は健康食品店をつくり、またある者は『ホール・アース・カタログ』を売り、またある者はレストランを始め、またある者は天然石鹸を製造した。

この本は、そういう彼自身の奮闘記(第1章)と、既存企業に就職するという道を選ばず,自らの信念に従ってそれまでにはなかった新たなビジネスを立ち上げた彼と同世代の元ヒッピーたちが営む会社のルポルタージュ(第2章)で構成されている。

彼らが求めるのは、「やって楽しいことをやりつつ,心の奥底で自由に生きていられるようにしてくれるなにか。そんなことをやりながら,なおかつ生計がたつ道をひらいてくれるなにか」ということだけれど、それは必然的に「仕事」や「働きかた」ということに真正面に向き合うことであり、「money」の意味を根源的に考えることにつながっていく。

そして、最後の章で彼はこう結論づける

「だがわたしはいま1980年代に突入する。わたしも中年の三十路をむかえる。そして“仕事”は美しいことばになり、それこそが最良の“あそび”になった。仕事こそいのちだ。それが報酬だ。その仕事がいいものなら、それを感じることができ、充実感がある。わたしたちは根源的利益(COSMIC PROFIT)をつかむ。(でも、むりをしないこと。これは忘れるべからずだ。追い求めれば、それだけ、逃げていってしまう。なんであれ)」

「どういう行為が『働く』ことであり、どういう行為がそうでないのかは、働き始める前にはわからない。働いて何かを創り出した後に、それを『欲望する』他者が登場してきてはじめてそれは労働であったことが遡及的にわかるのである。ー その人がなしとげたことの意味は、仕事そのものではなく、それが他者に何を贈ったかで決まるからである」 by 内田樹

使い古された言葉だけれど、Cosmic Profitというのはつまり「生きがい」のことだ。

自分がやりたいことを自分のためにシンプルにやり続けて、結果としてそれが「生活」を支え、さらにそれが誰かのためになるような働きかた。

もっといえば、もはやそれは「働く」ことでさえないのかもしれない。




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