見出し画像

建築の復讐

□ 空間感 sense of space | 杉本博司 | マガジンハウス | 2011

美術館建築は、いまやスター建築家にとっての表舞台だ。

安藤忠雄やフランク・ゲイリーに例をとるまでもなく、美術館は現代の神殿として、先鋭を競っている。そしてアーティストは、そのプレゼンテーションにおいて、その空間と対峙しなければならない。

もちろんその神殿で、自身の作品だけを展示できる「個展」というステージに現役で辿りつけるアーティストは、世界でもほんの一握りだが、杉本博司はこの15年で、そこに上り詰めたひとりだ。

その彼がユーザーとして立ち向かった名だたる美術館を評論した「攻防記」がこの一冊。つまりこの本は杉本博司による「美術館ミシュラン」で、巻末には採点表も付記されている。

杉本博司がその評価のひとつのモノサシとしているのが「光」。

「私は美術品とは光りを受け続けて美しくなるものだと思っている。現代美術もいつかは古美術になる。まずは時代の評価に生き残り、次に時間の試練に耐え、光りに晒されて、そして戦争や天変地異からも遁れ、そうして生き残ることができた美術品に、作品の重みのようなものが付与されるのだ。美術品を美術館の暗い倉庫に幽閉して、光を当てずに劣化する時間を止めてしまおうという考え方は、時間に対する人間の傲慢だと私は思う」

ちなみに見事に杉本博司のファイブスターの獲得した美術館は、この8つ。

ハラミュージアムアーク/磯崎新 
プレゲンツ美術館/ピーター・ズントー
銀座メゾンエルメス/レンゾ・ピアノ
ピューリッツァー美術館/安藤忠雄
ハーシュホーン美術館・彫刻庭園/ゴードン・バンシャフト
ニュー・ナショナルギャラリー/ミース・ファン・デル・ローエ
金沢21世紀美術館/SANAA
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館/谷口吉生

それぞれの理由も、なるほどと得心できることばかりで、こんな風に「ユーザー」の声が聞けることは、まずめったにないだろう。そしていつも不思議に思っていた「何故、美術館建築には無謀が許されるのか」ということにも、「それは建築の、美術に対するコンプレックスが裏返された、建築のアートに対する復讐だからだ」というアーティストからの一刀両断が附に落ちた。

「私が好むのは、時代に超然としている建築だ。現代美術の作品にも同じこと言えるのだが、いまという時代を生きながら、百年先の視点に立って、我が身を振り返る視点を持つことは、極めて難しい。振り返ることしか出来ない歴史を、逆の方向に見る力こそが、建築家に求められている」

初出は『CASA BRUTUS』2009/5 - 2011/7 の連載。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?