見出し画像

ちょっと素敵な映画のことを思い出した

窓の外の春のような陽射しを眺めていたら、ずいぶん前に観たちょっと素敵な映画のことを思い出した。

+++++

"Herb and Dorothy"

もうすでに、インターネット上では賞讃しかないのがちょっとおかしいんじゃないかと思うくらいの評判をとっている、N.Y.で暮らす、ある意味狂気ともいえるアートコレクターの老カップルのアート蒐集の日々を描いたドキュメンタリー・フィルムである。

https://youtu.be/rQOdJDaFN2c

private collector というのは魅力的な称号である。
若冲を熱狂的に買い集めるジョー・プライスや、ルノワールを始めとする印象派の至宝を擁するフィラデルフィアのバーンズ・コレクションといったよく知られたコレクションを例えるまでもなく、コレクターというのは、つまるところ「モノ狂い」の別称なのだ。

合言葉は、"to be discovered"
発見されるべき作品があれば、彼らは月にだって行く。
そして、月にいけるだけの財があるからこそ、コレクターという称号が与えられている。

この夫婦が素晴らしいのは、彼らがプライスやDr.バーンズのような富豪ではなく、郵便局員として、あるいは図書館司書として普通の生活をしながら、嬉々としてプライベートを惜しみなくコンセプチュアル・アートやミニマル・アートの作品のコレクションに捧げるところだ。

"It's just beautiful. That's it."

アーティストと交流し、身の丈にあった範囲で、作品を蒐集する。
そして、いちど手に入れたものは絶対に売らない。
気に入った作家は、そのコレクションをどんどん深化させる。

ふたりの審美眼の根底にあるのは、考えてみればあたりまえのことなんだけれど、自分の眼を信じるということ、そして、買えるものしか買わないという、シンプルな attitude だ(実は、もうひとつ、ワンベッドルームのアパートに収まることという条件があるんだけれど、その理由は映画の中で、ドロシーからユーモラスに語られる)。

その可愛らしさ。
DorothyはHerbより、少し背が高いんだ。

そして、彼らがとても優しく見えるのは、彼らを撮る視線が優しいからだ。

エンドロール、mac bookを買おうとして店の人と話をするドロシーの傍らで、ソファにちょこんと座ったハーブが、ぼんやりと水槽を眺めるシーンで、すこし涙がこぼれた。

こんな唄が頭の中を流れていたのだ。

ダーティー・ハリーが唱うのは 石の背中の重たさだ
片目をつぶったまま年老いた いつかの素敵な与太者の唄
その昔君にも生きるだけで精一杯のときがあったはず
あげるものももらうものもまるでないまま
自分のためだけに生きようとした

歌う僕は汚れた歯ぐきルーム・クーラーの湿った風をかじっている
夕べあの娘は最後の汽車で 南の町へ行ってしまった
夢はなかったけれど 時には泣きたいほど優しかったよ
僕は夜のスカートに首を絞められ
塩っ辛い涙流してる

どうして君は行ってしまうんだい
どうして僕はさよならって言うんだい
どうして僕は行ってしまうんだい
どうして君はさよならっていうんだい
こうしてにんじんみたいに手足を生やしてると
まるで何もかも悲しいみたいだよ

そうしてみんな昔懐かしい
おじいさんになってしまうのかな
そのうちみんな昔懐かしい
おじいさんになってしまうのかね

(友部正人:にんじん)

とてもheart warmingな映画なのに、どうして涙がでるんだろうと思って横を見たら、隣の席で家人も泣いていた。

時代の空気を敏感に感じとった佳作。
これが初めての映画だという佐々木芽生監督は、この素晴らしい処女作を、終生追い続けることになるかもしれない。

New York City で暮らしてみたい。

それにしても、

70歳、ジョン・レノンと同じ年に生まれた Dr.John が、10月に見せてくれた圧倒的なステージ。
貫禄充分に髑髏のついたステッキを杖いて、ステージを去ってゆく姿が眼に焼き付いている。

そして、そのジョン・レノンより7歳上のオノ・ヨーコが発信する、平和や愛への鮮烈なメッセージ。
考えてみれば、60年代のFLUXUSのメンバーなんだから、筋金入りである。

前衛芸術といえば、元ネオ・ダダのアーティストにして文筆家の赤瀬川原平さんも、ご健在(当時)。
ボブ・ディランや横尾さんだってもう70代だ。

この70歳たちは、みんなどうしてこんなにいい表情をしているんだろう。
なんか21世紀の70代って、これまで僕たちがイメージしてきた、いわゆるお年寄りとぜんぜん違うんじゃないかっていう気がしてきた。

歳をとるのは子どもに還ることみたいだといわれるけれど、彼らの眼にはもっと奥深いものが視えてるみたいだ。

歳を重ねることが、楽しみになってきた。

再掲:Sweet Little Seventies 20101220
https://kotobanoie.com/blog/sweet_little_seventies

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?