#004 押し付けの推し
【あなたの"推し"を教えて下さい】
流行語大賞などというモノが毎年発表されるように、言葉や表現というモノもまた日々刻々と省略されたり簡略化されたり……時に意味すら変化させて用いられてゆく。
中でもここ数年、自分が頭を抱えているのが"推し"という言葉であり、表現である。
2024年現在では"推し"と言えば、特定の好きな……もしくは応援している対象(人物やキャラクター等)等を指す言葉、表現として用いられるのが一般化していると思います。
個人的にそれ自体は今の時代に合っていると感じていて、別段『なんだかなぁ』みたいな事も無く受け入れていて。
何より周囲の皆が各々の"推し"の話をしている時の顔は、本当に一点の曇りも無く輝いているので……それはとても素敵な事だと思いながら眺めていたりします。
自分が頭を抱えているのは……その自身が"推し"ている対象の事を、他者に代弁する様な形で伝えられる事に対してで。
そこまで多くは無いのですが、ふとした話の流れやキッカケで「ノイズさんは、○○さん推しですもんね」と言われたり「ノイズさんって、○○さん推しって聞きましたよ」と言われた瞬間、大きな違和感を覚えてしまう自分が居る。押し付けの推し……では無いけれど、なんだかそれを言われた瞬間から急に窮屈に感じさせられるのだ。
事実として、"推し"という概念に対して正確な答えを持ち合わせていないので断定は難しいのですが、自分の中でも恐らく世間一般で言うところの"推し"は存在していて。
それは自分の中では(会話していて楽しい)や(自分には無い発想と思考を持ち合わせている)や(趣味趣向が近い)等、様々な要素で便宜的に"推し"という認識をさせて頂いている方々がいるという事。
ここで重要な事は"推し"は"推し"である、という事。
本来"推し"延いては"推す"という言葉の意味は『オススメ』や『推薦』。
なので自分としては、先述した推しの要素の話にもある通り、完全に一個人の意見としての……自分の"推し"に他ならないのです。
例えばA店とB店があるとして。
A店にて「A店のオススメはコレ!」
と書かれていれば違和感は無いですが……
A店にて「B店のオススメはコレ!」
と書かれていると違和感が有ります。
なんとなく自分の中で"推し"を語る上では、上記の例のB店の立ち位置に居る感覚があって。
この場合、B店からすれば『なんでB店のオススメをA店が語るんだ』となると思うのですが。
まさに"推し"も同じで。
『なんで自分が"推し"ているという事を、他人の口から聞かなければならないのか』
と思う事が少なからずありまして。
結局何が言いたいのか見失いそうなので、この辺りで整理しておくと……
自分の"推し"はあくまでも自分の言葉や文字で自発的に語るべきものなのではないか、と。
もっと言えば"推し"は自分の中で思っていれば良くて、本来は言葉や文字にする必要すら無いモノなのではないか、と。
なので誰々が誰々を推している、という話は正直耳にしたくないな……という事。
そして。
私は誰々を推している、という話はいくらでも聞きたいな教えて欲しいな……というのが本音です。
昨今"推し"が溢れ返っていて、その言葉は徐々に重力を失っていっているように見受けられる。
【あなたの"推し"を教えて下さい】と聞かれた時、あなたはどうしますか?
自分はそっと大切に胸に仕舞い込んで"おし"えないかもしれません。
他者の推しの話は聞きたい癖に、自分の推しは教えない……天の邪鬼な人間。
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