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月が綺麗だと言いたいだけ

『月が綺麗ですね』

夜空を見上げた時の、息を飲む美しさを伝える術を探している。

藍色で塗り潰したキャンバスの上に白色の絵の具を溢してしまった様な雲の隙間から、黒猫の眼みたいに真ん丸に光るそれが僕をずっと覗いている。

そんな言葉を並べてもそれは表面だけ磨かれて輝く泥団子みたいな見せ掛けの表現で、何も伝わらない気がしてしまって……。

結局は一言。

「月が綺麗ですね」

とただ伝える事が、それはその日の夜が全て美しいという事を表せる最高の言葉なのだと思う。

どれだけ言葉のレイヤーを重ねても、たった一言に敵わない。
そういう世界に僕らは生きている。

それでも無駄を愛して無意味にも上塗りを繰り返してしまうのもまた悲しきかな、僕ら人間だ。

無色透明の言葉はいくら紡いでも、見透かされて丸見えの想いが届く事なんて無いのに。

月が綺麗だと言えたなら、それが全てでそれで良かったのに。

夜明けを待つ事を止められたのに。

手が届きそうな朝が、遠い夢の中に消えて笑う様に眩しく消えた。

おやすみなさい。
瞼と一緒に未来が閉じてゆく。

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