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未払い残業代を骨が笑う 蛇編

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厄介者だ、
そう教えられると単純になる。
そうか、あいつは厄介者なんだな、と、
単純にそう思う。

厄介者と言う言葉は距離を産む。

厄介な者は厄介事を抱えている。
厄介事が誰かを厄介者に。
いや、厄介者が厄介事を産むのか、
『者』が先か『事』が先か。

誰しも厄介を疎むけれども、
中にはそんな『厄介』が好きだという物好きもいる。

「干からびてる」

明日の朝までしかいちゃいけない。
そう言い渡されたヴイカの周りには、
夜の闇以外何も寄り付かなかった。
静かだった、ヴイカの周りは。
だから余計にその声が通った。

「骨だけでカラッカラ。
 汗が出そうな身体でもないしなぁ、
 目玉も無いから涙も出ないだろうし、
 あ~、血なんて……血管も無いし。」

夜中に目が覚めた子供が親の寝床に来る時、
ヌゥ、といった感じではなく、
スル……と何かが抜けていくような距離の取り方をする。

ヴイカの元へ現れた影もその様だった。

彼は蛇族だった。
蛇族は専ら敵を絞め殺す事に長けている。
その戦闘方法を保つために大柄な体躯の者が多いが、
今夜のお客はセオリーを無視している。
まるで子供の様な身体つきの蛇族だった。

子供か?ともヴイカは思うが、
ここは悪名高いマルカトの膝、悪党たちの巣窟。
子供がいる筈が無いだろう、
きっとこの体の大きさで大人なのだ。

自分が厄介者だと自覚しているが故、
ヴイカは突如近づいてきた小柄な蛇男に声をかけなかった。
ゴットンも既に近くには居ない。
森の誰もが朝まできっと触れては来ない。
そう思っていたし、そうあるべきなんだろうと思っていた。

「お前は俺の好みとは真逆の存在だな」

蛇族は指が三本。
その一本がヴイカに向けられるのが判った。
今にも頭蓋の眉間に刺さるかと言うほどの距離。
闇夜でも判る程の距離。

「朝にここを出るだろ。
 俺もお前に付いて行くし。」
「   ん?」
「ん?」
「  何のために?」
「何の為?」
「俺に付いてくるって……。
 ゴットンとの話を聞いてたんだろお前、
 俺は色々と厄介を抱えている。
 一緒に来ると巻き込まれる。」
「あ~、興味だな」
「それは命を捨てる程の興味か?」
「自分の身は自分で面倒見る。
 危険が迫ればお前を見捨ててとんずらこく。」
「頼もしい宣言だ」
「俺は生き物からでる『汁』が大好き。もうそりゃ、好き。
 汗、涙、血、水気が大好き。
 この森も年がら年中湿ってる。」
「じゃあここにいればいい」
「あ~、でも不思議なもんだ、お前に興味が沸いた。」

三本指がそっとヴイカの大腿骨に触れた。

「俺がな、
 生き物の汁を好きなのはそれにドラマが宿るからよ。
 汗、涙、血、全部ドラマがある。
 だから舐めるし、飲みたくなる。
 誰かの生きてるって証拠を飲むのが好き。
 生き物は何かしらの汁を出さずにいられないだろ、
 生きてるうちは。」
「そうかもな」
「でもお前はカラッカラ。カラッカラのカーピカピ。
 でも、どうしてだ?
 お前からは不思議と生きてる『軋み』を感じる。」

生き物は全部軋む。
軋んでギュウギュウに歪むと、汁が出る。
身体が動いて軋むと汗、
気持ちが潰れて軋むと涙、
命が割れて軋むと血。

「汁気が全くない筈のお前だけど軋みは感じる。
 あ~、こう思ったよ、
 いつか何かが飲めるかもしれない。」
「……骨だ、御覧の通り。しゃぶるか?」
「あ~犬族なら喜んだかもしれねぇ。
 だが残念、御覧の通り蛇なもんでね。」
「……この森にまともな奴がいるとは思ってない。
 好きにしたらいい。」
「それ、お前の事を言ってるのか?」

皮肉に付き合うには余裕が足りなかった。
それからヴイカが返事を返す事はなく、
小柄な蛇男も声をかける事は無かった。

ヴイカ達が洞窟の中に居た時、
この空間に朝は訪れるのだろうか、なんて事を思っていた訳だが、
今となっては朝が来なければ良いのに、なんて思ってしまう。

全てはヴイカの都合でしかないので、
結局太陽も自分の都合を押し通すしかなく、
うっすらうっすらと朝日が森にも差してきた。

言われた通りの筋書きの朝をなぞる。
入って来たままの姿でヴイカは森の入り口まで引き返した。

但し、来た時とは違う、
連れ合いが一人増えた。
小柄な蛇男で名はヤック。
唯一見送りに来てくれた紫の煙が引き留めない様を見るに、
きっと彼も森の中では厄介者なのだろう。

付いてくるなと言っても付いてくるだろう、
もし素直に帰っても森の連中に疎まれる。
ペットが一匹途中で増えたと思えば気が楽か。

「行くが本当についてくるのか」
「ああ」

じゃあ出発と行こうか。
周囲に追手の影が無いかを確認して、
ヴイカの足は骨仲間が待つ洞窟へと向かい始めた。

「蛇族が」
「ん?」
「鳥類の卵を好きだとは知ってるが、」
「あ~、汁が好きなのはきっと俺だけだな。
 他の奴らには理解できない高尚な趣味なんだ」
「それはお偉い事で。」
「おいヴイカ、お前俺の事を厄介者だと思ってるだろ。
 俺を連れ歩く利点をお前に今から説いて聞かせよう。」
「ちゃんとした御高説だろうな」
「お前がな、
 洞窟の前で尻込みしたらそのケツを蹴ってやる。
 そして仲間達の前で言葉に詰まったら頭をひっぱたく。
 洞窟に行く事すらためらい始めたら大声で罵倒してやる。
 この根性無しめ、骨になってチ〇ポを失い腑抜けたか、って。」
「何人か蛇族の友人は居るがお前も例に漏れず口が悪い」
「イヤな事ってのは誰しも逃げたがる。
 子供から大人まで同じで例外が無い。
 一度避けようとすると二度目三度目が必ずある。
 お前は一度、森に逃げ込んだ。
 二度目はどこがいいかな?
 そんな事を思ったら俺がお前を殴り回す。」
「殴り回すって」
「蛇族の言い回しよ。
 俺はお前のストッパーだ。
 やらなきゃいけないと思ってるんだろう?あ~↑?
 でもそれが嫌なんだろう?あ~↓。
 お前に協力してやるよ。
 嫌だなー、と思っている、
 お仲間に事実を伝えるという『作業』を完遂できるようにな。」

ヴイカの身体は骨だった。
ヤックは誰かの表情が歪むのが好きだった。
嫌という感情だけではない、喜ぶ感情でも顔は歪む。
ただ多くの生き物がそれを歪んでいると認識しないだけで、
ヤックに言わせると笑う顔も等しく歪んでいる。
そんな歪みが大好きであるヤックがヴイカの顔を何度も覗き込んだ。
それはただの癖に他ならなかったが詰まらない事この上ない。
肉が無いヴイカの顔は当然歪む事などありえずに、
ヤックから見たら本当に面白みのない、ただの骨。

面白くねぇ。
引いては、興味を削ぎ、
ヤックがヴイカの顔を覗く事は無くなった。

洞窟から出た時に感動した青い空が見える。
綺麗だと思って摘んだ花と同じ種類のものが咲いている。
嗚呼、洞窟からようやく出た時はあんなに心を揺さぶったのに、
心持が違うだけでこんなに何も感じない、
ヴイカの心は今重苦しく、息苦しく、
行きと帰りでこんなに景色が違って見えるとは嘘のよう。

「ここか」

洞窟についてしまえばヴイカの心が一層重くなる。
弟に色々と言われた時のことを思い出す。
あの時に聞いたのは自分一人だけだったのに、
今度は自分一人が仲間全員に言わなきゃならず。
誰か、出来るものなら変わって欲しいが、
こんな骨だけで動く境遇なんて自分と仲間達しかいなくて、
判っているとも、この洞窟の中から逃げられた骨は自分だけ。

「おらっ」

宣言通りだった。
ヤックの足がヴイカの尻を蹴飛ばして、
いよいよ洞窟の闇が目の前に迫る。

「ここまで来たんだ、あとは言うだけだろ。
 とにかく中に入るんだよ、
 ほら、もう一回けっとばされたいかっ!」

親にもこんなに責められた事が無いというのに。

もう何が何だか分からない。
骨の中に負の感情が渦巻き暴れてくれる。
これらは親の事情など考慮しない悪ガキどもと同じで、
ヴイカ本人が止めて欲しいと思っても暴れ続け、
他の一切の思考を遮断した、完璧だった。

ヴイカの空っぽの眼窩には洞窟の闇しか見えてなかった。

→終編へ続く

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