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未払い残業代を骨が笑う 終編

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「あのさ、皆……よぉ、元気だったか?」

一人の男がいた。
彼は魔族で兵士、
勇者に殺される事、過去二回。
その二度目の蘇生で骨だけになる。
肉は何処へ置き忘れたのやら。

「実は、あれだ、その……。
 なんて言ったらいいか、」

ちゃんと残業代を出すから!
と魔王に口説きに口説かれ、
骨になった仲間と一緒に洞窟へと派兵、
任務は生き埋め。

掘り起こされる時期は定かではなく、
しかも生き埋めの道連れはあの勇者。

「良くない報告をしに来たんだ」

生き埋めまでは上手くいき、
何の因果か彼だけが逃げ延びた。
他の仲間は勇者と生き埋め、闇の中。
どうせなら俺も生き埋めのままが良かった。
そう思わなかったと言えば、嘘になる。

彼、ヴイカは紆余曲折を経て、
一度は生き埋めになったこの洞窟に帰って来た。

だが決して望んだ帰還では無かった。

「この洞窟を抜けた後にな、
 なんとか本拠地に帰りつく事は出来たよ。
 おい、誰か聞いてるか?」

ああ 聞こえてる聞こえてる

「それでな、魔王様の弟君がいるだろ。
 弟君の所にまず誘導されてな。
 そこで俺達の任務の一部始終を話したんだ……」

おう それでそれで

「それでどうもな……。
 俺達はここから出れない予定だったらしい。」

どういうことだよ

「勇者を生き埋めにして、
 そっから人間側に攻め込む予定だと魔王様が言ってたろ」

ああそうだ 確かそう言ってた

「……実際には兵力差の関係で無理だそうだ」

無理? 無理って どういう事だよ

「勇者の奴がさんざん暴れ回ったおかげで、
 今の魔族の残存兵力は人間側に比べ少量……。
 そりゃそうだよな、あんなに勇者が暴れ回って、
 他の人間の兵士なんてあまり見た事が無いし、俺も。」

言われてみれば 殺してくる相手は毎回勇者だった

「だろ。
 で、人間側に勇者を消したい勢力があるらしくて」

勇者と同じ人間側にか?

「そう、人間側に」

そんな事もあるんだな
こんなに人間の為に戦っているのに
それで邪魔って言われちまうのか

「救いようの無い話だ。
 その勇者が嫌いな連中が魔王様と手を組んで、
 今回の俺達の作戦で生き埋めにしようって筋書き……、
 じゃないかって、弟君が仰っててな……」

じゃあ当然
俺達も掘り出されない訳か ハナから

「弟君の推測によるもんだが……。
 弟君はずっと魔王様の暗殺を狙っていたと言い、
 魔王様の周囲の情報の調べも万全、
 まず間違いのない事だろうと仰ってて……。
 そこで更に悪い知らせがある。」

まだあんのか

「俺達に対する給料の支給だがな……恐らく無い。
 残業手当も、何もない。」

なにもか

「魔王様には俺達を掘り起こす気は無いし……。
 弟君が魔王様を権力の座から下せば、
 魔王様が発していた指令と言う事で、
 その場合も何も出ない……。」

なにもか

「ああ、何もだ……。
 あっ、ただ俺達の家族には手厚い保護を受けさせるって、
 弟君は言っていたが……」

そうか 残業代が出ないのか

そうか ああ そうか 

色んな事を考えたよなぁこの洞窟の中で

娘に服やら靴やら着飾らせてやりてぇとも思ったし

家を大きく立て直したいとも思ったし

友人が作った酒のつまみに良い肉を用意したいとも思ったし

もう戦って金を稼ぐ必要も無いかなとも思ったし

ただ息子や妻の顔が見たいとも思ったし

それが全部

今は幻か

俺達はここから出る事も出来ずに

餌で見せられた残業代も水の泡で

そうか

そうか―――

「……酷い話だろ。夢だとしても質が悪い。
 なぁ、考えたんだが」

はっはっはっはっはっはっは

「ど、どうした!?」

はっはっはっはっは 

あぁっはっはっはっはっは

こんなの笑わずにいられるかよ

あまりの酷さに呆れて笑いが出てくるぜ

はっはっはっはっはっはっは

「……っは……はっは はっはっは」

はっはっはっは

骨になって生き埋めになってみりゃ
その対価の残業代も支払われず
そんでもって掘り出される見込みもないと
神様は余程俺達の事を虐めたいらしいっはっはっはっは
ここまでの仕打ちを受ける程の悪事をしたか?
誰かを困らせる何かを企んだか!?
すげぇぜ神様は
物事を良くすることで暇潰しをすんじゃなく
悪い事へ転がす事で暇潰しをなさるらしいからな!
ここまでくると大したもんだぜ
神様も大層お喜びだろうさ
余りの見事さに文句も言えずに笑っちまうぜ!
なぁ?そうだろう!?あっはっはっはっはっはっはっはっは

「本当だ、余程神様は俺達の事をお嫌いらしい!
 あっはっはっはっはっはっは!」

っはっはっはっはっはっはっはっは

「あっはっはっはっはっは」

はっはっはっはっはっはっは

「はっはっはっはっはっは   ん?」

笑って笑って闇の中、
ここは洞窟の最奥、骨達の生き埋めの場所。
狭い空間は音を強くし、
笑い声は響いて数倍に。
その五月蠅さに耐えかねた輩が一人、
洞窟の最奥には同行していた。

「おい、ヴイカ」

ヤックだ。

「うるせえぞ」
「え?いやぁでもこりゃあ笑わずにはいられねぇよ。
 こんなに不幸の豪華目白押し、
 不幸を共にした仲間と一緒に笑わずには」
「あ~、そのことだけどよ」
「なんだよ」
「お前、さっきからずっと独りで喋ってるだけだったぞ」

光もほとんど届かない、洞窟の奥。
そこでヤックの二つの目が欄と光っている。

「   え?」
「土砂に向かってずっと独りで喋ってたけど、
 お前大丈夫か?」
「  俺が一人で話してた?だと?」
「そうだ」
「いや  そんな筈はない。
 ずっと仲間が一緒に喋ってただろ」
「お前の声以外何も聞こえなかった。」
「…………いや?」
「そして急に笑い出しやがって。
 妄想か幻でも聞いてたのか?」

ヴイカの身体を押しのけると、
崩れた土砂の所まで歩み寄り、
ヤックがその凄まじさの後を探る様に手を伸ばした。

「あ~、まぁ見事にカッチコチ……。
 こりゃあ中はもうペシャンコだな。
 幾ら骨で動くとは言え割れて砕けては避けられねぇだろ…。
 お前はよくここから這い出たもんだ。
 中の連中はもうダメだろうな……。
 もう石と土に潰されて御陀仏確定と考える方が正常だろ。」
「……洞窟を出る時だって」
「あ?」
「話をしたぞ、ちゃんと話した。今だって」
「俺はお前の声以外は何も聞こえなかった。
 ……この落盤の中、
 自分だけが助かったというのは一種の極限状態だったか。
 生きる為に生物は色んな機能が働く。
 色んな思い込みや錯覚もその一種だ。
 ヴイカ、さっきから喋ってるのは、
 お前独りだけだった。」
「………」

洞窟の奥で、
何かが砕ける音がした。
その後は賑やかだった。
数個の何か、欠片のような物が地面を叩く音が鳴り、
どれもこれも高音で騒ぎ立てて綺麗なものだった。

ヤックは手探りで地面の様子を伺ってみると、
そこにはヴイカの骨がもう互いに繋ぎ合う事無く、
バラバラに転がり果てている事を察した。

その骨の一つを拾い上げたヤックは、
手頃な大きさだったのだろうか、
おもむろに口の中に入れてしゃぶると、
暗い洞窟の中に汁気が緩やかに踊る音が響いた。

「あれだけ軋んだのにな。
 汁の一つも出てきやしねぇ」

骨を咥えたまま闇の中をまさぐるに、
砕けたような骨と、そうでない骨がある事が判る。
砕けたようないくつかの断片を指で触っていると、ヤックは気が付いた。
それがヴイカの頭蓋事の一部だという事を。

「……ひでぇ最後だ。自分で潰したか。」

両手で思い切り頭を挟み込んだか。
他にも死に方としては幾つか思いつく事がある。
けれどどれが正解の死に方か、なぞ、
今この時に思い浮かべる程悪趣味に傾倒してる身分でもない。

ヴイカ、
お前は途中に神を呪うような事を言っていたな。
でも現実を冷静に見てしまえば怖い事に気付くもんさ。

これは全て、
この世の生き物が張り巡らした罠よ。
今回はその罠が雁字搦めで、
一人が抱えるには度が過ぎた、という話だ。

余程心が軋んだ事だろうな。
生き物が神を呪う時は、不幸が極まってると相場が決まってる。

行きと違って帰りは二倍の遅さだった。
ヴイカの骨を一本口にしゃぶりつつ、
おっとりおっとりとヤックはマルカトの膝へと帰りついた。

「よぉヤック、随分と長い散歩だったな。」
「まぁな。」
「骨はどうした」
「自分で死んだ。
 俺が今咥えてんのは形見だ。」
「そうか……おい、道中何か聞いたか?」
「何がだ?」
「噂じゃ魔王が死んだらしい」
「      何時だ?」
「いつかは定かじゃないが……。
 寝所で寝てる最中に死んでたらしいぞ。」
「暗殺とかじゃなくか」
「もしかしたら毒を盛られたかも知れないが、
 今の所そういう話は聞いてないな……。
 まぁどんな偉い奴も悪党も、死は突然にやってくる。
 魔王の奴はそれが最近だったというだけだな。」
「………」

ヤックは咥えていた骨を口から取り出し、
また暫くすると咥えた。
それとまた取り出し、咥えを数度すると、
咥えたまま動かなくなった。

「おい、どうした?」
「いや」

そう言ったっきり、またヤックは森の中に入っていった。

「………」

骨だった。
ヤックが咥えているのは、ただの骨だった。

はははは、と笑う骨だった。

歯で咥えると笑い声が聞こえ、
口から離すと笑い声が聞こえなくなる。
五月蠅い程に聞いたので覚えている。
ヴイカの声に相違なかった。

「――俺が聞いていてやるよ。笑えヴイカ。」

良いとも言わず、
悪いとも言わず、
ヤックは骨を歯で噛み続けた。

ここはマルカトの膝、悪党の吹き溜まり。
外の噂は必要最低限流れてくる。

ここはマルカトの膝、行き場の無い者達の行きつく場所。
中に入ればヤックと言う小柄な蛇族に出会うだろう。
彼は寝る時以外は骨を口に咥えている。
それはなんだ?と聞いたならこう返事が返ってくる。

「良い汁を出す骨だ」

だが見た目はカラカラの骨。
汁気なぞ微塵も出る気配が無い。

ここはマルカトの膝、
骨を加える蛇族のいる森。

彼だけが兵士達の哀れを耳にしている。

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けんいちろうです。
ここまでのお付き合い有難う御座いました。

このオハナシが駄作か良作か、
どちらかと聞かれれば良作とは言えません。
自分でも読み返して、
これは何を書いてるんだろうと思う所がありました。

が、
勇者でも偉人でもない者が度重なる不幸に遭った場合、
このような感じになるのではないでしょうか。
作中何度も書きましたがヴイカは勇者ではないし、
偉人でも猛者でもありません、
ただの一兵卒です。
気分も高揚したり沈み込んだり。
余りの絶望に、
自ら死を選んでしまうかも知れません。

その点、
このオハナシはヴイカに寄り添っていました。

当初は洞窟に勇者が来る前に和平締結して、
「こんな所で何してるの?」
と忘れられた骨達が数年後発見される筋書きだったのですが、
どうせなら面倒な方へ、面倒な方へと内容を繋ごうとした所、
なんかこんなに長ったらしいオハナシに……。
読了頂いた皆さん本当に有難う御座いました。

最後に、
これを書き上げた私に一言。

よく書けたな。
あの騒音騒動で心を乱しながら。
よくやった。

以上です。
けんいちろうでした。

お楽しみ頂けたでしょうか。もし貴方の貴重な資産からサポートを頂けるならもっと沢山のオハナシが作れるようになります。