新しいビットマップ_イメージ_-_コピー

未払い残業代を骨が笑う 酔編

→最初から読む←

前回から登場している魔王の弟ですが、
あらすじで用いた魔弟(まとうと)という語句が私の中で大ヒット、
以降これを使用しますので御留意下さい。

心と言うのは何処にしまわれているのでしょうか。

魔弟に一番近い給仕は優秀だった。
彼はオークの出だったが勤勉で物分かりも良く、
そのオークらしからぬ繊細さに目を付けて魔弟が召し抱えた。
ただ珍しい物を見た時の視線が抑えきれなくて、
対象をジロジロ見る癖があるがそこは御愛嬌、
全てが満足いく生き物などこの世に無い事は魔弟も熟知している。

先程の言葉は給仕のものだった。
心の在処を話題に出すとは、
あの骨の兵士の動く様を見て思う事があったのだろうと、
魔弟もまた彼の心中を察した。

「あれだけ広いとかえって置き場に困りそうだな」

魔弟はユーモアを言葉にふりかけたつもりだが、
給仕の反応はよく見られない。
何かを考えている時の癖で、
彼は鼻の穴をすぼめて縦に細くなっている。
それを見た魔弟はもうそれ以上言葉を出さないのだった。

ヴイカはというと、
魔弟から部屋を用意されてそこで休むように言い渡された。

魔王には長い任務の疲れを癒す為、
また汚れた身体でお目通りするのは失礼なので一日頂きたい、
そう骨の兵士が申してますので、と伝令を送った。

その間に全ての用意をするのである。

何の用意か?

当然魔王を殺す段取りだ。
魔弟は各所に連絡を放った。

魔弟の周りに漏れた幽かながらの緊張が給仕にも伝わる。
伝わってしまえば具合が悪いもので、
極力魔弟を刺激しない様にと距離を取って支度を勧める。

そんな中、給仕ははたと気付いた。
あの骨、メシはどうしているのだろうか。

水は飲んだな、あの骨は。
飲んだというよりぶちまけた感じだったが、
それが生きてると実感する上で大切な事だと言っていて、
その線で考えるなら飯も食いたいのではないだろうか。
きっと喰った物体を骨の隙間からボトボト落とすのだろうが、
落ちる事は問題じゃなくて、
『食べる』という行為が重要なんだ。

そう、
彼は生きている。

コンコン、と二回ノックをしてオークがドアを開ける。
ヴイカが休む為に与えられた部屋だ。

「おいアンタ、飯はたべる   お?」

その頃魔弟はと言うと緊張により心がパンパンに張っていた。
魔王を殺す、実の兄を殺す、
それもかなり前から練っていた策だ。
今が千載一遇の時、これを逃してなんとする。

頭の中で何度も兄である魔王が死んだ後の演説を考えていた所に、
給仕が飛び込んできた。

「   何が起きたと思いますか!?」
「は?」
「いやすいません、骨がいません!」
「え!?」
「先程飯は食うのかと思って部屋まで行ったんですけど、
 どこにもいなくて、骨の一つも見当たらなくて!」
「――逃げたのか!?」
「いや、逃げたと言われればちょっと判らないんですが、
 とにかく部屋に骨の姿はありませんでした!」
「  さがせ!」

波が二つ。

魔弟の中に、波が二つやってきた。

第一波は唸るような大きさを持ち、
それに打たれた魔弟は身体を硬直せざるを得なかった。

彼の頭の中に巡ったのは今日一日で準備をした全て。
魔王が死んだ後の魔王派の粛清、
自分に協力してくれる勢力への漏れの無い伝令。
その後の人間との橋渡し役への通達。
その他諸々、
緊張をもってやっただけに、
その全ての意味がなくなる瞬間、
それらが魔弟の頭の中を一気に押し流していった。

しかし、
押し寄せた波が引く速さも見事なものだった。
一気に押し寄せた苦労と緊張の様々な物事が、
来た時と同じ速さで引いて行った。

「 待て!」
「え!?」
「待て、待て待て……そうか……。
 酔いが切れたか。」
「何の話ですか?」
「英雄酔いが切れたんだな、きっと。
 おい、ヴイカを追うにしても乱暴には連れ戻すな。
 務めて優しくしろ。急いでも駄目だ。いいな」
「あっ、……宜しいので?急がなくても」
「急いだら何もかもが水の泡になりかねん。
 言った通りに探すんだ、いいな」
「判りました。」

英雄は酔う。
悲劇に酔いもすれば自らの功績に酔う。

ヴイカに関しては洞窟の中が彼を酔わせた。
沈黙と闇が心を痺れさせ、
長い時間が酩酊させる。

最後の仕上げは勇者だった。
かの勇者を生き埋めにした事でヴイカの英雄酔いは最高潮に、
だから魔王を殺せ、等と言われても承諾出来たのである。

しかし、時間が悪かった。
与えた時間が、悪かった。

魔弟が休む為にと与えた部屋、
そして『時間』。

一人きりになり、冷静になり、
ヴイカは思い出した、自分が一介の兵士であった事を。

自分は勇者でも無い、偉人でもない。
落盤した際に位置が良くてたまたま逃げられたただの兵士で、
残業代を出すからと言い包められた、ただの兵士で。

勇者に何回も殺された事のある、ただの兵士だ。
その度に魔王様に蘇らされて、
そうだ、知っている、
死ぬのは恐い、死ぬのは怖い。

首に剣が捻じ込まれた時なんか太い血管が弾ける感覚が怖かった。
脳天を割られた時なんて耳に響く頭蓋のきしむ音が

「これからお前は死ぬよ」

と言っている様で恐くて、
そう、
死ぬ事は怖い。

もし、
自分が魔王様を殺した時になんらかの繋がりが立ち消え、
このどうやって生きているのか判らない骨の身体が死ぬとしたら、
今度はどんな怖さを味わわないといけないんだ。

英雄の酔いが、
一気に抜けた。

魔弟と給仕が話している頃、
ヴイカは走っていた、街の外へと。

もう夜が始まろうとしていた。

→森編へ続く

お楽しみ頂けたでしょうか。もし貴方の貴重な資産からサポートを頂けるならもっと沢山のオハナシが作れるようになります。