新しいビットマップ_イメージ_-_コピー

オークションにUA38-Tが出品された。
独立型地雷処理機械の一種である。

カワモトエレクトロニクス社が販売した製品だが、
七年前に製造中止となった。

世界における主要地帯の地雷が完全撤去されたのは五年前。
残るは質の悪い犯罪者が人知れずどこかに埋めた地雷のみと言われ、
地雷除去に名乗りを上げた企業達は、

「あと二年のうちに世界の地雷は99%除去される」

というカラマンダ予想に基づき、
七年前に各社の商品の追加生産を中止した。

どこの世界にも収集家というのは存在する。
地雷業界にも当然いる訳で、
ある男が現場から生還した地雷処理機械達を収集していたのだが、
高齢だったために老衰で天に召されてしまった。

彼の息子には趣味の精神まで遺伝しなかったらしく、
コレクションは一つ残らずオークションに出される。
地雷の無い世界に生き残った地雷処理機械たち。
鉄の塊は組み込まれたプログラムを抱えたままうんともすんとも言わない。

その無情さにロマンを感じる人間がこの世にはいるらしかった。

全てをまとめ買いはせずとも、
一体、二体を落札していく物好きがチラホラと現れる。
そんな数人の手によって出品された地雷処理機械は全て落札されたが、
川本省吾もその一人だった。

川本は別段地雷にまつわるあれこれに興味がある訳では無く、
自分と同じ苗字を持つ者や物に深く親近感を抱く性分で、
高校時代は自分と同じ苗字だという理由で女子に交際を申し込んだ筋金入り。

配送当日、川本の家にUA38-Tが送られてきたが、
箱から出してみると汚いものである。
前の持ち主の男の趣味で、

「現場を駆け抜けていた余韻を楽しみたい」

という趣旨のもと、塗装の剥がれや隙間の塵埃はそのままに。
中古の車ですら傷があったら塗装を直しているものなのに、
これはちょっと酷さが過ぎる、と川本は眉をしかめた。

事の顛末をネットゲームの仲間達に愚痴っていた所、
仲間の一人がこんな事を言い出す。
よければそのメカのAI、掃除用ロボに移植してやろうか。
仲間は機械のAIの命令構築、制御統制を手掛けるエンジニアだった。

箱から出された物体が再び箱の中に戻される。
宅急便で送られて、
再び川本の所へ届けられた箱は随分と小さくなっていた。

「ジルバにAI移植したよ」

ジルバとはあのジルバである。
第一世代として広く知られたロボット掃除機『ルンバ』の次世代機。
しかし性能の発展方向がニッチ過ぎてあまり売れず、
第三世代の『タンゴ』に早々に取って代わられた悲しき製品。

「いや、ジルバに移植するなんて風情があるな」
「粋な計らいだよねぇ」
「ほんとほんと」

といった具合にゲームの仲間達も移植の結果に称賛の声を送る。
周囲が褒めれば気分は上々、川本も喜んで感謝の文を送った。

川本が電源を入れたジルバは早速家の中を探査し始める。
水平な場所はホバークラフトのように移動し、
前代ルンバで解消出来なかった階段部分は足部分を生やして上り下り。
高さ50cm以下の段差なら昇降可能というのが売り文句の一つだったが、
その様が奇妙な振る舞いだった為に散々ネットで叩かれた。
だが川本は実際にその様を見て、

「やっぱりキモイなぁ」

と言いつつ満足の笑みを漏らすのであった。

ジルバにはレポート参照機能がある。
今日はどこを掃除したの?と聞くと報告するその機能。

会社から帰宅し着替えながらジルバに「今日はどこを掃除した?」と聞き、
「本日は玄関回り、二階の廊下、リビングです」等と説明されるひと時が、
社会からの緊張を解くスイッチのようになり始めたのが川本だった。

そんなある日、
ビールを飲みながら楽天イーグルスの試合を見ていた川本に通知が来た。
後輩夫婦の結婚記念日が一週間後との事である。
川本が婚姻届けの証人欄に署名した間柄のこの夫婦、
川本の誕生日と同じ日付に入籍した事もあり、
日付になると互いにメッセージを送り合っていた。

そうか、もうこいつらも結婚四年目か。
あの時は俺の誕生日と重なるけど良いのか、なんて笑い合ったけど、
四年間も互いに祝い合ってみれば、なかなか悪くないもんだな。
懐かしさと感慨深さが川本の指先を動かして電子パッドの写真を呼び出す。

「四年前……2076年…いや、77年か。の、6月29日……あったあった」

日付で写真を読みこんだその瞬間、

「2077年6月29日は、掃除を実行していません」

と機械音声が発せられた。
川本の耳にもしっかり届き、
注意の釣り針にかかって首が右へ左へ。
するとそこには緑色のランプを点灯させているジルバが一つあるだけ。

「………。」
「―――。」

テレビの中で楽天の三番バッターがホームランを打ったらしい。
激しい歓声が聞こえる。普段なら川本も一緒に拳を振り上げて喜ぶものだが、
今晩に限ってはその習慣に則る気配も無い。
ただじっと、ジルバの緑ランプを凝視した。

「……2077年、6月29日にはどこを掃除した?」
「2077年6月29日は掃除を実行していません」

その日、楽天は苦戦を強いられていた。カウント6-3で劣勢。
だが八回の裏に三番柳原の3ランホームランで同点に、
一気に接戦となった終盤はドーム中を沸きに沸かせた。
だが川本の住むマンションはその限りではない。
テレビから五月蠅い程の歓声が届けられる中、
グラスの中のビールが少しずつ泡を低くしていた。

「2077年、6月30日は何処を掃除した?」
「2077年6月30日は掃除を実行していません」
「2077年、6月31日は何処を掃除した?」
「その日付のデータは照合できません」
「なに?  あっ、そうか」

6月は30日までだったな、そう言えば。

テレビの歓声はまだ静まる雰囲気が無い。
ホームランを打った柳原が悠々と三塁ベースを蹴っている。

それどころではない。

「2074年の……3月16日は何を掃除した?」
「2074年3月16日は掃除を実行していません」
「……その一日前は何を掃除した?」
「パルムラ作戦フィールド、T-38区画での掃除を実行しました」

川本の脳神経が翻訳をする速度は早く、
『掃除』が『地雷除去』の意味だとは直ぐに察する。

「……何があった?」
「適切な言葉で指示をして下さい」
「えーと……当日のレポート報告して」
「レポート報告します。
 09時48分に作戦開始しました。
 09時59分にB1機が対象を処理する為に大破、再起不能。
 10時38分にC37機が対象を処理する為に大破、再起不能。
 10時41分にB3機が対象を処理する為に大破、再起不能。
 11時02分にA27機が対象を処理する為に走行不能」

テレビの中はドラマを期待する人間の声が盛り上がる。
九回表を無失点に抑えようと奮起するピッチャーが活躍しているのか、
球がミットの中に納まる度に客席から怒号のような声援が躍る。

ジルバの音声は静かだった。それはそれは静かだった。

「――14時37分に目的地点へ到達。
 バルムラ作戦終了信号を受信。」

興味本位の知識。

川本がUA38-Tを手に入れた時、
『地雷が世界から無くなった日』で検索し、
それが3月16日であると知り、覚えていた。

目の前のジルバに入っているAIは紛れもなくその現場からの生還者。
機体はジルバになったとは言え、記録ログはそっくりそのまま保存している。
川本は知的興奮を覚え、それは野球から得られる臨場興奮を越えた。

「ジルバ、その前の日のレポート報告して。」
「レポート報告します。
 08時00分に作戦開始しました。
 09時08分にD2機が対象を処理する為に大破、再起不能。」

テレビは一層の盛り上がりを届ける。
どうやら九回の表を見事無失点に抑えたらしい。
三点差からの追い上げ同点、敵側の最後の攻撃を凌ぎ、
今球場は最後の裏で起きるドラマを望み、熱を帯びている。

テレビの前の机の上ではビールの泡がすっかり元気をなくし、
その冷たさも味わうには鈍い物になっているであろう。
しかし川本はジルバの前に両足を構え、腕を組み、
緑のランプが点灯するジルバに前のめり。

「16時20分にC1機が悪路にて走行中止。
 16時22分にC1機が作戦復帰。
 16時25分にC1機が対象を処理する為に大破、再起不能。」

大竹打ったーっ。内角低めの鋭い球、左中間へ放物線!
テレビの中の実況者が叫ぶ。

「17時44分に目的地点へ到達。当日作戦終了信号を受信。」
「……ジルバ、バルムラ作戦で何機大破したか教えて」
「そのデータに関してはカウントコマンドがありません」

外角高めストレート、これは内海、冷静に見逃します。
次は勝負にくるかピッチャー斎藤、
カウントワンツー、投げました!
打ったーっ!これは大きい!
内海が思い切ったスイング、これは飛ぶ飛ぶ、入るか、入るか、

「……じゃあジルバ、パルムラ作戦で最後に残ったのは何機?」
「再起不能状態の機体を全て除き、残存9機です。」

入ったー!逆転からの!勝ち越しホームラン!
最後を締めくくったのは内海!今年入ったばかりのルーキー!
満面の笑顔で今二塁を蹴りました!
楽天イーグルス対アステラスマリーンズ!
最後は8-6で楽天イーグルスの勝利となりました!
本日は放送時間を越えてお届けしました、
それでは皆さん、またお会いしましょう、有難う御座いました。

「九機……たったの……。」

川本が電子パッドに叩いた文字はUA38-Tの生産数。
実質出荷量は約六百万台とある。
カワモトエレクトロニクスが販売した地雷除去機はおよそ千二百万台。
他の強豪二社の生産量を合わせると約三千万台。

テレビの中はもう球場の熱を届けてくれない。
今後売り出そうとする新技術が色とりどりのCMで押し出され、
その売り文句が乱舞する。

今度の新OSはついに人間の感情に限りなく近づけた新次世代型AIシステム。
これで複雑な命令伝達やお喋り相手、
更には恋愛の愚痴からコメディで共に笑い合うまで可能!
今度のOSアップデートはこれに決まり!
スリースターバージョン13.0、
ついにAIが涙の意味を理解する。

というのが最後にテレビが発した言葉だった。
川本は勢いよくテレビに人差し指を向けると「停止」と言い放った。
システムに従いテレビは色を失い、音を絶った。

「……良かったな、時代が追いつかなくて。」
「まだ掃除箇所がありますか?」
「いやもういい。
 ジルバ、スリープして。」
「了解、スリープ。」

本日の活動を終了します。

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昔に書いた別の地雷の話を途中で思い出しました。
良ければ合わせてどうぞ。

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