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扉の理由は言葉と共に

中学の友人に面白いのが一人いた。
他にも面白いのは居たが、
そいつの威力が強すぎて他は四捨五入されてしまう。
そいつは皆から「がちゃ」と呼ばれていた。

朝。
がちゃが教室に来た瞬間は皆すぐに判る。
がちゃは扉を開ける時に必ず「がちゃりんこ」と言うからだ。

「がちゃりんこ。」
「おはようがちゃ。」
「がちゃ、ここ寝癖が残ってる。」
「がちゃ、マンガ返すわ。」

がちゃの顔つきですか。
子供の頃の顔の良し悪しは大変重要なものですからね。
世界が狭い子供にとって個体評価の指標といえば、
テストの点数と部活での活躍とゲームの上手さと顔ぐらいしかない。

がちゃの顔は惚れされると言うよりも、惹きつける顔。
ホストクラブに置いてあるようなナポレオンとかじゃなくて、
喉が渇いた時に愛されるポカリスエット。

「がちゃりんこ。」
「あ、がちゃ君、伊藤先生が呼んでたよ。」
「はーい。」

職員室の扉を開ける時もがちゃりんこ。
先生達までがちゃと呼ぶ始末。
部活でも後輩から、がちゃ先輩と呼ばれていた。

「がちゃりんこ。」
「お前、それは違くないか。」
「なにが?」
「だって、それフスマだろ。」

がちゃにとっては扉は全て一緒だった。
ふすまも、非常口も、金網扉も、トイレのドアも。
唯一言わなかったのは暖簾(のれん)だ。
暖簾をくぐる時は流石に「がちゃりんこ」とは言わなかった。

ある日死ぬほど暇だった。
子供の時ってのは困る。
時間に乾くと直ぐに死ぬほど暇になってしまう。
あの頃の自分達にはまだ暇と言うものが天敵だった。

「がちゃってさ、なんでがちゃりんこって言うの?」
「開ける時?」
「うん。だって襖でも言うよね。どうしてさ。いつから?」
「いつから…かー……。」

がちゃの家は一言で言えば上流。
住んでいる家もそれなりで、
部屋の数も手の指を全部使う勢いで、とってもでかい。
悔しいが他に表現する言葉が見当たらない。とにかくでかい。
がちゃの家は金持ちだ。

「自分の部屋が最初からあった」というがちゃ。
それに「いーなー」と相槌を打つうらめしさ。

「一人でしか寝たことが無いんだ。」
「なんだそれいーなー。
 俺兄ちゃんと寝てるけどたまに蹴られるんだ。」
「器用だね、寝ながら喧嘩してるの?」
「んな訳あるか、寝返りでだよ」

がちゃの父は白い粉を作ってるらしい。がちゃはそう言っていた。
先生はそれを聞いた時、「他の人に喋らない方がいいわ」と言っていたが、
大人は早とちりが過ぎると思った。
がちゃの父は研究所勤めらしい。
作ってるのは麻薬じゃなくて、薬の粉だ。
僕だって最初聞いた時に勘違いしたのは、まぁしたけどさ。

がちゃの家の沢山の部屋の中にがちゃのおじさんの仕事部屋がある。
休みの日もその中にコーヒーを入れたコップを持って籠る事が多いらしかった。
子どもにとってコーヒーの匂いはとても刺激的。
だから仕事部屋の中に父さんがいるかは直ぐに判るんだ、とがちゃは言う。

「父さんの部屋の、いっこ横の部屋のドアを開けるんだ。
 がちゃりんこと言いながら。
 父さんの機嫌が良かったら部屋から出て来て、
 仕事で忙しかったら出て来ないの。
 少し忙しかったら、少しだけ顔を見せてくれるんだ。」

がちゃは子供として出来た奴だった。

がちゃの父親はいつ帰ってくるか毎日判らないらしかった。
研究ってそんなもんなんだと、がちゃが言っていた。

だからおじさんが寝ている時間もバラバラで、
ウトウト寝てる時に部屋の中に入ってもまずい。
だってかまってもらいたくなるから。
そうがちゃは言っていた。

「だからそういう時も隣のドアをがちゃりんこって言いながら開けるんだ。
 それだったら、父さんも起こさないし。
 起きてたら出て来てくれるんだ。」

がちゃが扉を開ける時の癖はがちゃりんこと言う事。

その癖に至るまでの理由は話を聞いて理解した。
がちゃは自分の存在を親に、
特に忙しいおじさん知らせる為に言っていたんだな。

「お父さん忙しいからさ。
 だから極力邪魔はしたくないんだ。
 でも僕はここに居るよって言いたいから。
 がちゃりんこ……癖になっちゃったなぁ。」

中学の友人の一人は「がちゃりんこ」と言いながら扉を開ける。
誰かに自分の存在を知らせる為じゃなくて、
自分の親に知らせる為に。

きっと、家の中でもいつも言っていたんだ。
がちゃりんこ。

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