【玉葉集】春歌3/定家の宴/天上世界

春来れば
星の位に
影見えて
雲居の端に
出づるたをやめ

(春歌上・3・藤原定家)

春が来る 新しい年を嘉する人々が 宮廷に集まる すると
群れ集う星のごとき我ら臣下の立つ場所 そこから
1つの人影が見える それは
月影宿る 遙か高みの 雲のごとき紫宸殿 その端 そこに
いつしか現れる 美しい人

 華やかな歌だ。元日を祝う貴族達の宴が天上世界のそれに思えてくる。

 思えば宮廷とは地上における神の世界だった。威儀を正した元日の貴族達の集う様は普段にもまして天上に近づいたのかも知れない。


 歌中の「たをやめ」とは誰なのか。

 恋人では無い。
 「出づるたをやめ」は描写である。いかな平安貴族とて恋人を描写はしない。

 描写をするのは景の一部だからだ。この正月の宴を進行させる機構の一つとして「たをやめ」はある。
 「たをやめ」は天皇の命に従い臣下を差し招く。招かれた群れ集う臣下たちは一斉に南庭に入る。
 帝の意志により儀式の始まりを告げる女性。この人は天皇の最も近くでお仕えする女官だという。この歌ではさながら天女の風情をまとう。

 綺羅星のごとく着飾った公卿たちは三々五々連れ立つだろう。やがて場が整えられさらに人が集まり時が至る。宴の開始を待ち望む心は最高潮に高まった。その時揺らめくように現れたのが「たをやめ」だ。その仕草一つで公卿たちは一斉に動き出す。宴が始まる。

 この歌が描くのは宴の開始直前の景だ。その一瞬を切り取り舞台のように仕上げてみせたのだ。

 

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