新古今和歌集の風景 3

山深み春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水

新古今和歌集 3 式子内親王

 良い歌ですねえ。か弱く優しく美しい。

 舞台は山里。冬になれば雪が深く人の訪れは絶えてしまいます。時折吹く風が客となり側に立つ木が友となるでしょう。
 やがて季節が巡り暦の上では春がやってきます。しかし主がいるのは雪に埋もれた山の奥。霞の立つ里をよそに長すぎる冬が居座ります。主は待てど暮らせど訪れない春を待ち続けます。
 ふと。
 主は耳朶を打つ微かな気配に気がつきます。それは雪の静寂の中でなければ気づかないほどの小さな音。
 水です。木に積もって硬く凍りついた雪がいつの間にかわずかに溶けて冷たく透明な水となります。その水がじわりとしたたって「と、と」と家の扉に触れているのです。
 主に呼びかける小さなノック。それは主が待ち望んだ末にようやく訪れた、慎ましやかな春の挨拶なのでした。

 


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